ミュージカル『ホリデイ・イン』(2017年)ミュージカルの教科書的作品
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『ホリデイ・イン』(2017年)の内容は?
特徴は?
見どころは?

​『ホリデイ・イン』は、1942年にビング・クロスビーとフレッド・アステアが主演したミュージカル映画『スイング・ホテル』を原作とするブロードウェイミュージカルです。 ​この舞台作品は2016年に初演され、その後2017年に映像化されました。 ​そして、2023年日本で公開されました。 ​名曲『ホワイト・クリスマス』をはじめ、多くのスタンダードナンバーが使用されており、観客に親しみやすい内容となっています。​歌やダンスがふんだんに盛り込まれ、コメディ要素の強い楽しい作品です。

今回は、『ホリデイ・イン』(2017年)の内容や映画版との違いを紹介します。

記事を書いているのは……

元劇団四季、テーマパークダンサー。年間100公演ほど舞台を観に行ったことのある劇場フリーク。

※ 3分ほどで読み終わります。

『ホリデイ・イン』|あらすじ

ショービジネスの世界でトリオとして活躍するジム、親友のテッド、そして恋人のルイーズ。キャリアは順調でしたが、ジムはルイーズとの結婚を考え、引退を決意。コネティカット州の農場で生活を始めます。しかし、ショービジネスの世界を離れられないルイーズに去られ、農場経営もうまくいきません。そんな中、ジムは農場をホテルに改装し、アメリカの祝日のみ営業するというビジネスを思いつきます。そのホテルの名が「ホリデイ・イン」。本場仕込みのショーが売りです。

ジムは魅力的な学校教師リンダと出会い、彼女をショーの仲間に迎え入れます。しかし、親友のテッドが現れ、リンダをダンスパートナーとして目をつけます。リンダには女優になる夢を諦めた過去があり、テッドからハリウッド行きを持ちかけられ、心が揺れ動きます。リンダに惹かれるジムの新たな恋の行方は……。

登場人物

ジム・ハーディ:​ニューヨークのショービジネス界で活躍していたステージ・パフォーマー。ショービジネスを卒業し、コネチカット州の農場で生活を始めます。
リンダ・メーソン:​コネチカットで出会う才能豊かな学校教師。ジムと共に「ホリデイ・イン」でショーを繰り広げ、次第にジムと惹かれ合います。 ​
テッド・ハノーバー:​ジムの親友であり、ショービジネスのパートナー。ジムが引退した後もショーを続け、後にリンダを新たなダンスパートナーとしてハリウッド進出を目指します。 ​
ライラ・ディクソン:​ジムの元恋人であり、テッドと共にショービジネスの世界で活躍するパフォーマー。ジムの引退後、テッドとショーを続けることを選びます。 ​
ルイーズ:​ジムの農場で働くタフでDIYが得意な女性。ジムが「ホリデイ・イン」を開業する際に協力し、ショーの成功に貢献します。 ​

​スタッフ|2017年版

  • 演出・脚本:ゴードン・グリーンバーグ
  • 脚本:チャド・ホッジ
  • 音楽・作詞:アーヴィング・バーリン
  • 振付:デニス・ジョーンズ

アーヴィング・バーリン|1888年5月11日 – 1989年9月22日:
ロシア帝国(現ベラルーシ)生まれのアメリカの作曲家・作詞家。正式な音楽教育を受けていなかったものの、生涯で約1,500曲を作曲し、その多くがヒット曲となりました。代表作には『ホワイト・クリスマス』『ゴッド・ブレス・アメリカ』『イースター・パレード』などがあります。『ホワイト・クリスマス』は、1942年のアカデミー歌曲賞を受賞。1968年にはグラミー賞の生涯功労賞を受賞しています。

『ホリデイ・イン』は、アーヴィング・バーリンの名曲が数多く盛り込まれた作品です。『ホワイト・クリスマス』をはじめ、現在もスタンダード・ナンバーとして親しまれている楽曲が多数登場します。

主な楽曲:

  • ​『ホワイト・クリスマス』
  • 『ハッピー・ホリデイ』
  • 『チーク・トゥー・チーク』
  • 『ステッピング・アウト・ウィズ・マイ・ベイビー』
  • 『イースター・パレード』

これらの楽曲は、他の映画作品でも使用され、多くの人々に愛されています。

原作『スイング・ホテル』

1942年公開のミュージカル映画『スイング・ホテル』(原題:Holiday Inn)は、ビング・クロスビーとフレッド・アステアというミュージカル界の伝説的スターが主演を務めた作品です。

主なキャスト:

  • ジム・ハーディ:ビング・クロスビー
  • テッド・ハノーバー:フレッド・アステア
  • リンダ・メイソン:マージョリー・レイノルズ
  • ライラ・ディクソン:ヴァージニア・デール

ビング・クロスビーが美声で魅了し、フレッド・アステアが華麗なダンスを披露します。​共演のマージョリー・レイノルズは劇中で見事なダンスを披露しつつ、歌唱部分はマーサ・ミアーズが吹替しています。また、ヴァージニア・デールも素晴らしいダンスを見せています。

物語はテンポよく進行し、歌とダンスがふんだんに盛り込まれた魅力的な作品です。しかし、当時の時代背景を反映した描写も含まれており、現代の視点から見ると問題視されるシーンも存在します。例えば、黒人少女の仮装シーンや、黒人家政婦の誇張された描写、さらには白人が顔を黒く塗って黒人を演じる「ミンストレル・ショー」が挙げられます。これらの描写は、当時の社会背景の理解に役立ちますが、現代の視点からは批判的に捉えられることもあります。​ミンストレル・ショーに関してはこちらで紹介しています。

ジャズダンスの歴史(1840年代~1900年)ジッグダンス、ソフトシューダンスの発展

カットされていないからこそ当時の空気を感じることができる作品です。なお、今回の『ホリデイ・イン』は、原作とほぼ同じストーリーで展開されています。

2017年版|作品の特徴

主なキャスト:

  • ジム:ブライス・ピンカム
  • テッド:コービン・ブルー
  • リンダ:ローラ・リー・ゲイヤー
  • ライラ:ミーガン・シコラ

ジム役のブライス・ピンカムは、その風貌がどことなくビング・クロスビーを彷彿とさせます。​注目は、テッド役のコービン・ブルーです。『ハイスクール・ミュージカル』シリーズでチャド役を演じており、当時はボンバーヘッドが印象的でした。​

本作では、成熟した姿を見せており、歌唱・ダンスだけでなく存在感も見事です。​通称「爆竹ダンス」と呼ばれるシーンです。

先ほども紹介したフレッド・アステア版のフルバージョンです。圧巻!

振付

2017年版『ホリデイ・イン』は、デニス・ジョーンズの振付が際立っています。彼の振付はトニー賞最優秀振付賞にノミネートされました。タップダンス、バレエ、シアターダンス、レビューショー、ラテン、社交ダンスなど、多彩なスタイルが盛り込まれています。特に、アンサンブルのダンサーたちが多数登場し、その熱量の高いパフォーマンスは見応えがあります。また、豪華な衣装もダンスと相まって、視覚的にも楽しい作品です。以下の映像は、デニス・ジョーンズのインタビューです。対訳も載せています。

対訳|振付師デニス・ジョーンズのインタビュー

ダンスが特別なのは、身体で喜びを表現できるからです。私はデニス・ジョーンズです。『ホリデイ・イン』の振付師です。

私は物心ついたときからずっと演劇が好きな子どもでした。子どもの頃は市電に乗って街へ行き、華やかなミュージカル映画を観るのが大好きでした。あの明るさや楽しげな雰囲気、そしてもちろんダンス!私がミュージカル好きだったことを「熱心だった」と表現するのは、もはや控えめすぎるくらいです。私はニューヨーク大学(NYU)に進学するためにニューヨークへ引っ越しました。専攻は演劇でしたが、その後ブロードウェイのショーでダンサーとして長く活動しました。いくつかの舞台を経験した後、ジェリー・ミッチェルのアシスタントを務め、それを経て現在は振付師をしています。

素晴らしいダンスナンバーが記憶に残る理由は何でしょうか?私が特に覚えている瞬間は、「驚き」のある場面です。そうした瞬間を『ホリデイ・イン』にも取り入れようとしました。第一幕に大きなナンバーがあるのですが、私自身がタップを大好きということもありますが、最初のシーンにぴったりだと感じました。私は観客に、ジムのアイデアがまるで即興で生まれたように感じてほしかったのです。例えば、クリスマスのガーランドが偶然ほどけてしまうような場面。観客がストーリーを追いながら、それが本当に今起こっていることのように感じてもらえたら嬉しいですね。

この制作プロセスの中で、私が最も気に入っていることの1つは「コラボレーション」です。私は、きちんと整理されていながらも遊び心のある環境を作るように心がけています。ダンサーと協力することで、アイデアはさらに良くなっていきます。コービン・ブルーとの仕事は本当に素晴らしかったです。彼はとても勤勉で、アイデアに溢れているんです。僕自身のダンサーとしての経験が、こうした関係を築くのに役立っていると感じています。

『ホリデイ・イン』の幕が上がるとき、私は観客の皆さんに、溢れるような喜びを感じてもらいたいと願っています。たくさんのダンスがあり、キャストの実力は驚くほど素晴らしいです。この作品は、きっと観る人を笑顔にするような体験になると思います。

ガーランド(花や葉、果実、リボンなどを編んで作られた飾)を使ったタップシーンはこちらです。主役のジムがリンゴを使ってのジャグリングから始まります。

舞台版と映画版|比較

映画版『ホリデイ・イン』(1942年)と舞台版『ホリデイ・イン』(2017年)のストーリーには、以下のような違いがあります。

1:キャラクター設定の違い

  • 映画版:​ジム、テッド、リンダ、ライラの主要キャラクターそれぞれに人間的な弱さやズルさがあります。

  • 舞台版:​ジムとリンダのキャラクターがより保守的に描かれ、彼らのズルさや弱さが薄められています。

映画版は人間味あふれるキャラクターとして描かれ、どのキャラクターにも欠点とも言える少しズル賢い一面があります。2017年版は、ジムとリンダのズル賢い部分が取り除かれています。特にリンダは保守的で控えめな性格に変更されました。映画版のリンダは自立しているのに対し、舞台版は受け身で伝統的な役割を強調されている印象です。

2:ストーリー展開のテンポ

  • 映画版:​アーヴィング・バーリンの『祝日の歌』に合わせて脚本が構成され、シーズンごとにショーがテンポ良く進行します。

  • 舞台版:​上演時間が映画版より約30分長くなっています。

映画版は、アーヴィング・バーリンが作曲した『祝日の歌』に基づき、シーズンごとにショーが展開される構成になっています。これは各祝日に合わせたパフォーマンスを次々に披露することが目的のひとつとなっているためです。映画版は非常にテンポよく進行するので、展開がとてもスピーディーです。舞台版は映画よりも上演時間が約30分長くなっています。その影響でテンポが緩くなっています。

3:リンダのキャラクター設定

  • 映画版:​ハリウッドから戻ってきたのかは謎です。

  • 舞台版:​ジムが迎えに来ると撮影を放り出し、彼の元へ戻る展開になっています。

リンダのキャラクターが保守的になっただけでなく、物語全体もより伝統的な価値観に寄っています。その一方でキスシーンは意外と濃厚……。物語のクライマックスで、リンダは結婚か仕事かの選択を迫られます。映画版では、リンダはハリウッド行きを断るつもりでしたが、信頼するジムの妨害によって結果的にハリウッドへ向かうことになります。一方、舞台版ではお手伝いのルイーズが妨害役を担っています。こちらのバージョンでもリンダは自分の意志でハリウッドへ行きます。しかし、覚悟を決めてハリウッドへ行ったはずなのに、ジムが迎えに来ると突然撮影を放り出し、彼のもとへ帰ってしまいます。この改変によってリンダの心理描写が映画よりも曖昧です。

映画版でもジムが撮影所に乗り込んでくる展開はありますが、その後リンダが仕事を続けたのか、それとも辞めたのかについては明確に描かれていません。しかし、舞台版はリンダが仕事を放棄する形になっていて、「結局、女性は家庭に入るべき、という結論なのか?」と感じさせます。そのため、映画版よりも保守的な価値観を強調した内容になっているように思います。

4:演出スタイル

  • 映画版:​全体的にスピーディーな物語進行と、各キャラクターの人間味あふれる演技が特徴です。

  • 舞台版:​演技が熱い。観客の反応(笑い声など)がそのまま収録されています。

舞台作品であるため、演技に熱が入るのは仕方のないことかもしれませんが、熱量に圧倒されてしまうような場面が多かったです。また、リアリティに欠けるシーンもありました。たとえば、ジムがピアノを弾くシーンでは、演奏しているように見えなかったのが気になりました。このような細かな違和感が積み重なり、作品に没入しづらい瞬間が何度かありました。

さらに、舞台収録という形式上、観客のリアクションもそのまま収録されています。そのため、海外ドラマ『フレンズ』のように笑い声が頻繁に挿入されています。ただ、「本当にそこまで笑えるシーンなのか?」と思うことも。観客の笑いが強調されることで、かえって作品に置いていかれるような感覚がありました。また、お手伝いのルイーズを演じたミーガン・ローレンスの演技には独特な雰囲気があり、時折不気味に感じる場面もありました。

現実のブロードウェイ

アメリカに留学していた際、アメリカ人の保守性を感じることはよくありました。​ニューヨークのブロードウェイは、アメリカ人にとっても主要な観光地であり、大都市以外の地域から観光バスツアーでミュージカル鑑賞に訪れる人々が多くいます。​特に『マンマ・ミーア』や『ジャージー・ボーイズ』などの作品が人気です。これらの作品は保守的な要素が強いです。とはいえ、新しい価値観も提供しています。​

しかし、『ホリデイ・イン』は、かなり伝統的な印象を受けます。​ブロードウェイでは日々新たな試みが行われていますが、2017年にこの作品が上演されたことに時代の揺り戻しを感じてしまいました。

DVD

現在、DVD販売や日本国内での配信はありません。​1942年のオリジナル版『スイング・ホテル』は、Amazonプライムビデオなどで視聴可能です。 ​

配信だけでなく、600円ほどでDVDも販売されています。

今回は、『ホリデイ・イン』( 2017年)についてでした。 ぜひぜひチェックしてみてください。

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