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ジェローム・ロビンズとは?
アメリカのバレエの創始者?
どんな特徴がある?

バレエだけでなく、ミュージカル界でも大活躍した振付家、それがジェローム・ロビンズです。ロビンズが制作した「ウエスト・サイド・ストーリー」「王様と私」「屋根の上のヴァイオリン弾き」は今もなお上演され続ける名作です。

記事を書いているのは…

元劇団四季、テーマパークダンサー。舞台、特にバレエを観に行くのが大好きで、年間100公演観に行った記録があります。

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今回は「ジェローム・ロビンズ」の紹介です。

※3分ほどで読み終わる記事です。

振付家ジェローム・ロビンズ。ミュージカルとアメリカ的なバレエ

ジェローム・ロビンズ(Jerome Robbins)

ジェローム・ロビンズの振付は、都会的でエンターテインメント性にあふれるといわれます。当時の音楽、ジャズミュージックだけでなく、クラシックにも振付をし、アメリカンバレエを特徴づけました。

経歴

1918年10月11日:ニューヨーク生まれ
1933年:高校時代からモダンダンスをはじめる
1936年:ニューヨーク大学入学(経済的な理由で1年後に退学)
1937年:グラック・シャーンドル・カンパニー入団。バレエ、民族舞踊、振付を学ぶ。
1940年:バレエ・シアター(現アメリカン・バレエ・シアター)入団
1944年:振付作「ファンシー・フリー」を発表。(同年「オン・ザ・タウン」としてミュージカル化、1949年「踊る大紐育」として映画化)
1949年:ニューヨーク・シティ・バレエ団に副バレエ・マスター就任
1983年:ジョージ・バランシンの死後、ピーター・マーティンスと共に芸術監督に。
1990年:引退
1998年7月29日:死去

ジェローム・ロビンズの本当の名前はジェローム・ラビノウィッツ(Jerome Rabinowitz)といいます。ユダヤ人と一目でわかる名前が不利になるというアドバイスをグラック・シャーンドルから受けたようです。

ジェローム・ロビン「ス」と表記されていることもありますが、正しくはジェロームロビン「ズ」です。

バレエとミュージカル

ジェローム・ロビンズは70以上の作品を振り付けています。その振付は、バレエ界にとどまらず、ミュージカル作品も創作しました。

手直しされているものの「王様と私」「ウエスト・サイド・ストーリー」「屋根の上のヴァイオリン弾き」など現在も上演され続けている作品があり、トニー賞も受賞しています。

トニー賞受賞

1948年:最優秀振付賞「ハイ・ボタン・シューズ」
1958年:最優秀振付賞「ウエスト・サイド・ストーリー」
1965年:最優秀演出賞、最優秀振付賞「屋根の上のヴァイオリン弾き」
1989年:最優秀演出賞「ジェローム・ロビンズ・ストーリー」

1989年のトニー賞の映像です。ジェローム・ロビンズの名場面集である「ジェローム・ロビンズ・ストーリー」です。

振付の特徴

ジェローム・ロビンズのバックグラウンドは当時のバレエ振付家の中で特殊といえました。モダンダンスからダンスをはじめ、さまざまな民族舞踊の勉強をしています。日本人の新村英一(英語表記:Nimura Yeichi)にも師事しています。

ニューヨーク・シティ・バレエ団では物語のないバレエである「プロットレスバレエ」、そして30分~1時間弱(全1幕)の作品を多く創作しています。ニューヨーク・シティ・バレエ団に多くの振付作品を提供していますが、バレエの中にミュージカルのエッセンスが多く入っています。

もともとミュージカル作品だった「ウエスト・サイド・ストーリー」が、1995年「ウエスト・サイド・ストーリー組曲」としてバレエ作品に作り直すこともしています。

密告とロビンズ

ジェローム・ロビンズを語るうえで知っておかなければいけない事実があります。それが冷戦期の密告に関してです。

1950年代、アメリカでは共産主義者を敵視する運動が起こります。それが「赤狩り」です。共産主義者を見つけ出し社会から排除していく、というものです。エンターテイメント業界では赤狩りが活発におこなわれました。

ジェローム・ロビンズは共産主義的な考えに共感を示していました。そのため、共産主義者とつながりがありました。ロビンズは自分に疑いがかかったときに、仲間を告発してしまいました…。

ロビンズは自分の活動ができなくなることを恐れ、密告してしまったのです。実はロビンズは「ユダヤ人」「ゲイ」「元共産主義者」という苦しみを抱えていました。とくに、ゲイであることをバラされることにかなりの恐怖を抱いていました。

ゲイをバラすと脅され、赤狩りに手を貸してしまったと言われています。

この時代、赤狩りが推奨されていましたが、エンターテイメント業界で大きな分断が起こります。その後赤狩りが落ち着くと、エンターテイメント業界で赤狩り行為をしてしまった人は軽蔑の対象になりました。中でも有名なのがエリア・カザンです。

赤狩りについてロビンズは沈黙を貫きました。

1953年に告発したロビンズ。1944年、底抜けに明るい「ファンシー・フリー」を振り付けましたが、1957年の「ウエスト・サイド・ストーリー」では社会的なテーマになっています。

そうした観点から見るとかなり違ってみえるかもしれません。

ジェローム・ロビンズをより知りたい方へ

ロビンズにかなり同情的な視点で書かれていますが、ロビンズを理解しやすい本を紹介します。

1,000円ほど。

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「ジェローム・ロビンズ」の紹介でした。
ありがとうございました。