プティ振付バレエ『若者と死』ストーリー・作品解説:閉塞感からの脱出
jazz

『若者と死』の内容は?
特徴は?
見どころは?

出演人数がたった 2人、たった 18分の作品です。

舞台に広がる緊迫感。

息を殺しながら見てしまう作品です。

記事を書いているのは……

元劇団四季、テーマパークダンサー。舞台、特にバレエを観に行くのが大好きで、年間100公演観に行った記録があります。

kazu

今回は、『若者と死』の作品解説です。

※ 3分ほどで読み終わります。

内容

若者がもつ死への「感覚」を表現している作品です。

初演:1946年6月25日

パリ(フランス):バレエ・デ・シャンゼリゼ

振付:ローラン・プティ
台本:ジャン・コクトー
音楽:ヨハン・ゼバスティアン・バッハ『パッサカリアとフーガ』
美術:ジョルジュ・ヴァケヴィッチ
衣装:クリスチャン・ベラール

約 18分の作品です。

振付のローラン・プティがわずか 22歳のときに発表しました。

時代背景

この作品がつくられた1946年は第二次世界大戦の影響が色濃く残っていました。

戦争で多くの若者が命を落としました。若さと死は対極なはずなのに、この時代は若さと死がとても近い位置にありました。

だからこそ、「閉塞感からの解放を表現している」といわれます。

死をどうとらえるかとても難しい作品です。

とはいえ、暗い作品の中に、希望も感じることができます。

あらすじ

ジャン・コクトーの詩がもとになっているので、脚本をそのままご紹介します。

ストーリーは観客にゆだねられているため、どう感じるかは受け取る人でかなり変わります。

とある屋根裏部屋、若い男が独りで待っている。
そこに乙女が入ってくる。
彼女こそが彼の不幸の原因なのだ。
彼は身を投げ出す。
彼女は彼を押し戻す。
彼は哀願する。
彼女は彼を侮辱し、嘲笑し、その場から立ち去る。
彼は首を吊る。

部屋が消えていく。
吊られている身体のみが残る。
屋根を伝って「死」が舞踏服で現れる。
仮面を外すとそれはあの乙女である。
そして、犠牲者の顔に仮面を被せる。

二人は一緒に屋根の向こうに歩み去る。

作品の流れ

屋根裏の部屋でタバコをふかすひとりの青年。部屋の雰囲気から画家であることがわかる。椅子やテーブルが乱雑に置かれ、屋根のはりからは一本のロープがたれている。

めがね

たばこがアンニュイ(退屈、倦怠けんたい)な雰囲気を絶妙に表現しています。

若者は行き詰まりを感じ自分を追いつめていく。うちに秘める絶望、苦悩、孤独、悲しみ、狂気が踊られる。

そこにファム・ファタール(男を破滅させる女)の黄色いドレスの女が登場。最初は甘い雰囲気をもっている黄色いドレスの女だが、しだいに若者を拒絶。足蹴あしげにされる若者。それでも女を追ってしまう。

女は梁に下がるロープを輪っかにむすび、若者に無理やりロープを見せつける。そして、部屋から去っていく。青年は怒り、椅子をなぎ倒しながら踊る。ロープに吸い寄せられるように近づく若者。

そして自ら首を吊ってしまう。

いつの間にか部屋の壁がなくなっている……。絞首台と若者の死体がパリの夜景に浮かび上がる。そこにドクロの仮面と白いドレス、赤いベールをつけた女が。

仮面を外すと、そこにはさきほどの黄色いドレスの女の姿。

女が擬人化された死であることがここでわかる。

若者にドクロの仮面をつけ、そのまま死後の世界にいざなっていく。

作品のはじまり

初演はジャン・コクトーが「現代のニジンスキー(バレエ界に革命をもたらした男性ダンサー)」と称した、ジャン・バビレのために振り付けられました。

そもそもボリス・コフノのアイディアからはじまります。ボリス・コフノはヨーロッパにロシア・バレエを紹介した「バレエ・リュス」というグループにいた人物で、主催であるディアギレフの最後の秘書でした。

ボリス・コフノが「ジャン・バビレをキャスティングすること」「ジャン・コクトーにアイディアを求めること」。この 2点をローラン・プティに助言しました。

台本は、詩人、小説家、劇作家、評論家であるジャン・コクトーです。

ジャン・コクトーとローラン・プティの共作といえると思います。というのもジャン・コクトーはローラン・プティに数々のアドバイスを与え、プティはアドバイスを作品に取り入れています。

ジャン・コクトーはあらすじだけでなく、踊りにも助言しています。「動きを3回繰り返す」。

「観客は、動きの1回目は目に入っているだけ。2回目で動きを見ることができ、3回目の動きで認識する」

個性が光るバレエ

kazu

若者役は野性味あふれる個性を持ちながら、子供のような側面をもつダンサーが選ばれているように思います。

初演のジャン・バビレも荒々しいタイプのダンサーでした。

反動を使わない動作が多いので、振付を踊るために筋力が必要で、野性的なダンサーにとても似合う作品です。

その後、ルドルフ・ヌレエフ、ミハイル・バリシニコフ、パトリック・デュポン、熊川哲也、ニコラ・ル・リッシュ、イワン・ワシリーエフといった時代を代表する野生的な男性ダンサーによって踊られています。

また、リハーサルはローラン・プティが立ち会い、ダンサーに合わせ微妙に振付が変わります。超絶技巧のピルエットを持つミハイル・バリシニコフと熊川哲也はその才能を存分に発揮させる振付となっています。

女性ダンサーは、なまめかしさ、妖艶さが求められる難解な役です。ふだんの美しいバレリーナ像ではありません。スタイルの良さ、足のきれいなラインを含め、どれだけ魅力的な女性像を出せるか、というチャレンジングな役です。

たった 2人で踊られる 18分の濃厚な時間です。

振付時は違う音楽だった

音楽の使い方がかなり独特です。バレエに限らずダンス作品は通常、曲に合わせて振付をしていきます。

ですが、ジャン・コクトーから「まずインスピレーションを与えてくれる曲で振付をするべきだ」と提案がなされます。

そのため、完成時のバッハ作曲『パッサカリアとフーガ』ではなく、当初ジャズの音楽に振り付けられました。

リハーサルでいろいろな音楽が試され、上演の数日前に『パッサカリアとフーガ』に差し替えられました。初演を踊ったジャン・バビレは、音に合わせて踊っていないとインタビューで答えています。

そして振付のプティも音楽は BGMみたいなもので、『若者と死』は音楽に合わせて踊るのではない、と話しています。

とはいえ、音楽と振付がリンクしているため、踊りを引き継ぐダンサーにとって難解になっています。ダンサーの音楽性が試される作品です。

ローラン・プティ作品の持つエスプリ

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ローラン・プティの作品からはエスプリを感じることができます。

例えば、衣装です。黄色いドレスの女の衣装がとても鮮明で、ウィッグと黒いロンググローブがおしゃれです。

バリシニコフで世界的な作品に

1985年に公開された映画『ホワイトナイツ』の冒頭シーンで、ミハイル・バリシニコフが『若者と死』を踊ります。

映画のためにローラン・プティが再構成しました。映画のなかでは劇中劇として使われ、5分ほどに短縮されています。

『ホワイトナイツ』は自由を求めソ連から亡命したロシア人の話です。

8年前にソ連から亡命したバレエスター。日本公演に向かう途中、飛行機のトラブルでソ連に不時着してしまいます。

この『若者と死』は『ホワイトナイツ』の内容にシンクロしていて、この映画のためにつくられたんじゃないかというくらい、テーマに合っています。

1,200円ほど。

ミハイル・バリシニコフの荒々しい個性、スーパーテクニック、演技力をみることができます。

ちなみにバリシニコフは実際にソ連から亡命しています。

ニコラ・ル・リッシュ

個人的には元パリ・オペラ座バレエ団のニコラ・ル・リッシュとマリ=アニエス・ジロ版が好きです。

kazu

ニコラ・ル・リッシュ版のDVDも持っています。実はニコラ・ル・リッシュのサインも持ってます!

ニコラ・ル・リッシュはローラン・プティにとって創作の源にもなっていて、彼のために振り付けられた作品もあります。


現在、廃版となっているのですが、中古で購入可能です。

プティ版『カルメン』も収録されています。『カルメン』にもニコラ・ル・リッシュが出演し、実際の奥様であるクレールマリ・オスタと共演しています。

ミュージカル『コンタクト』の黄色いドレスの女

ずっと気になっていたことを最後に紹介します。

ミュージカルでスーザン・ストローマン作『コンタクト』という作品があります。『コンタクト』は 3つのストーリーのオムニバス作品です。

その最後の話に『黄色いドレスの女』が登場します。

主人公は人生に行き詰まった中年の男性で、自殺を考えています。そこに登場する黄色いドレスの女。

僕は、最初にコンタクトを見た時、『若者と死』を思い出しました。

ただコンタクトの場合、『若者と死』とストーリーが逆になっています。人生に絶望した中年の男性が希望を取り戻していく構成です。

これは『若者と死』に対するスーザン・ストローマンの回答のように思います。

『コンタクト』は劇団四季が上演権を持っています。あまり上演されることは無くなってしまいましたが、とてもオススメの作品です。

動画配信サイトでもバレエの公演を見ることができます。

ぜひ無料期間を活用してみてください。

kazu

今回は、バレエ『若者と死』についてでした。
ありがとうございました。

バレエ作品に関してはこちらにまとめていますので、ぜひご覧ください。