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倉永美沙さんとは?
テクニックがすごい?
印象的なエピソードは?

2019年12月22日に放送された情熱大陸。バレエダンサー倉永美沙さんの特集でした。現在サンフランシスコバレエ団の最高位であるプリンシパルとして活躍しています。

記事を書いているのは…

元劇団四季、テーマパークダンサー。舞台、特にバレエを観に行くのが大好きで、年間100公演観に行った記録があります。

kazu

今回は「倉永美沙さん」の紹介です。

※3分ほどで読み終わる記事です。

「倉永美沙さん」の経歴

経歴

7歳:地主薫エコール・ド・バレエでバレエをはじめる
2001年:第9回モスクワ国際バレエコンクールで金賞受賞、第29回ローザンヌ国際バレエコンクールでプロ研修賞受賞しサンフランシスコ・バレエ研修生に
2003年:ボストン・バレエ団入団
2006年:ジャクソン国際バレエコンクールのシニア部で金賞受賞
2007年:ソリストに昇進
2009年:プリンシパルに昇進
2017年:バレエ界のアカデミー賞といわれる「ブノワ賞」にノミネート
2019年:サンフランシスコ・バレエ団にプリンシパルとして移籍

2019年夏、16年在籍したボストンバレエ団から、サンフランシスコバレエ団に移籍した倉永美沙さん。実は、18年前に1度サンフランシスコバレエ団に研修生として在籍していました。1年間、研修生として研修期間を過ごしましたが、その後の入団試験で正式契約を勝ち取れなかった過去があります。

そのサンフランシスコバレエ団に2019年、改めて挑戦することになりました。

バランシンスタイルに苦戦

そもそも、なぜこれほどの実力を持つ倉永さんが18年前にサンフランシスコバレエ団に採用されなかったのか…。

アメリカのバランシンスタイルに最初は馴染めなかったと話しています。バランシンスタイルに関しては下記の記事をどうぞ。

同じくスーパーバレエダンサーの首藤康之さんとの対談で、その謎が明かされています。

倉永さんは研修時代、サンフランシスコバレエ団でバランシンスタイルに苦労したようです。バランシンスタイルを踊りこなすには、まず体型の良さが重要です。これは日本人にとって、なかなかのハードルの高さ…。

バランシンスタイルを体現するダンサーの特徴は、長身で8頭身。倉永さんはひとりいると顔が小さくバランスのとれた体型をしているので長身に見えますが、実際の身長は156cm。バレエダンサーとしてはかなり小さいです。欧米で踊ると一人だけポコッと小さくなってしまうので、群舞で踊るということもかなり苦労されたんじゃないかと思います。

実は僕がいた劇団四季は小さいバレリーナの受け皿になっていました。バレエダンサーという職業は時代に逆行するようですが、体型ですべてが決まってしまいます。身長が小さい場合、よっぽど突出していない限りバレエダンサーになるのは難しいです。そうした経緯もあり、劇団四季では背の小さいバレエダンサーが次のキャリアとしてミュージカルに挑戦していました。

バランシンスタイルを体現するバレエ団であるニューヨーク・シティ・バレエ団には、長身で8頭身のバレリーナがそろっています。ですが、例外のダンサーもいます。それはバレエ団のトップのランクにいるプリンシパルたち。

世界中どのバレエ団をみても、プリンシパルの体型は意外にバラバラです。

めがね

体型を凌駕りょうがする技術力、華、表現力があるからだと思います。

倉永さんも同様、背が小さくてもまったく気にならないタイプだと思います。

バランシンスタイルは足の使い方がとても細やかで、かなりの技術力が必要です。このテクニックを手に入れるために本拠地であるニューヨーク・シティ・バレエ団付属の「スクール・オブ・アメリカンバレエ」に通ったそうです。倉永さんはとても強い人だと思いました。自分を追いやったスタイルに正面から向かう決意をし、苦手を克服するために、本拠地に乗り込むなんて本当に、本当に根性があります。

テクニックに磨きをかける

そしてその後ボストンバレエ団に入団し、プリンシパルまで昇りつめバレエ団を代表する存在になりました。倉永さんの技術力は、回転し続ける女性の大技「フェッテ」を見ればわかります。

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スゴい…。

ボストンバレエ団での変化

いまは「トレーニングマシン」というあだ名がつくくらい、練習熱心な倉永さん。ですが、ボストンバレエ団のプリンシパルとしてしばらくたった頃、レッスンに身が入らない時期があったそうです。昔、どこかのインタビュー記事で読んだエピソードを思い出しながら紹介します。

ボストンバレエ団をはじめ世界中のバレエ団は外部からコーチとしていろいろな先生がやってきて、レッスンを担当します。というのも同じ先生にずっと習っていると、マンネリ化してしまいます。それを解消するために外部の先生を招くバレエ団も多いです。

そして倉永さんにとって外部の先生がターニングポイントとなりました。外部の先生が、倉永さんがダレていた頃に心配して声をかけてくれました。

探したらインタビュー記事がありました。

どんなときでも全力投球を思わせるが、意外にも、そうではなかった時期があるという。

(倉永さん)「ボストン・バレエ団のプリンシパルになって、じつは少しダレていた時期があったんです。毎日のクラスレッスンのとき、男性のディレクターから『あなたはここに寝に来ているつもり?』と注意される日が続くようになりました。それでも私にはその声がまったく響かなかった。」

そんな頃、元NYCB(ニューヨーク・シティ・バレエ団)プリンシパルのマーガレット・トレイシーが教えに来ていて、倉永にそっと近寄り静かに語ってくれたという。

(マーガレット)「私も器用だったし、あなたのように適当にレッスンを受けていた時期があったわ。でもあるときバレエミストレス(バレエの指導をする女性)から、30代後半の同年代のプリンシパルを指さして、『あのふたりの何が違うと思う?』って私に聞いてきたの。

ひとりは自分の美貌とスタイルに頼ってあまりレッスンをしない。もうひとりは毎日丹念にレッスンをする。どちらがダンサーとして長生きできると思う?どうしたいかはあなたの選択だけど

(倉永さん)「そのとき鳥肌がたちました。それから私は変わったんです。私のためを思って忠告してくれた彼女に心から感謝しています。あのとき言ってくれてありがとうと、今でも会うたびにお礼を言っています。」

Dancers WEB Magazineより

情熱大陸に関してはこちらの記事で紹介しています。

最後に倉永美沙さんの特集がある本です。

1,800円ほど。日本を代表するバレエダンサーがたくさん登場しています。

さまざまな困難、人生経験をへてサンフランシスコ・バレエ団に移籍した倉永美沙さん。

kazu

今回は倉永美沙さんの経歴の紹介でした。
ありがとうございました。