jazz

ジャズダンスはどう発展していった?
シアターダンスの父ジャックコールとは?
ジーン・ケリーが活躍?

前回、1930年代のダンスの歴史と「シアターダンス」を紹介しました。

記事を書いているのは…

元劇団四季、テーマパークダンサー。ジャズダンスを勉強中

kazu

今回は「1940年代ジャズダンスの歴史」に関してです。

※3分ほどで読み終わります。僕が習ったことや調べたことをもとに書いていることをご了承ください。

1940年代後半

1939年~1945年に起こった第2次世界大戦によりジャズダンスの発展は一度停滞します。ダンサーが戦争に従事することもあり、ヨーロッパに派兵されそのまま残るダンサーもいました。

第2次世界大戦後、ジャズダンスは大きく発展していきます。

ジャズダンスの歴史(1940年代~1950年代のアメリカを中心に)

ヨーロッパへ

アメリカからだけでなく、独立戦争が勃発するアフリカ、中南米のダンスがヨーロッパに流れます。

社交ダンスに取り入れられ、ルンバ、サンバ、チャチャチャが誕生し、ラテン部門が誕生します。

1954年ころから西インド諸島のカリプソも流行します。

ブレイクダンスへの道

ジャズ・コーラスの草分けグループの「ミルズ・ブラザース」。1931年にレコード・デビューし、『Tiger Rag』『Dinah』が大ヒットしました。

そんな「ミルズ・ブラザーズ」のヒット曲「キャラバン」の映像が残っています。

男性ダンサーの動きはまさにブレイクダンスです。このようなムーブが脈々とつながり、ヒップホップにつながっていくことになります。

ちなみにミルズブラザーズはポール・マッカートニー、小島正雄(名門ジャズバンドのバンドマスター)などにも大きな影響を与えています。

モダンジャズ

ジャズダンスはもともと多くの人が楽しむダンスで、ダンスホールなどで普通に踊られていました。

ですが、1940年代後半になるとジャズミュージックのリズムのパターンが複雑になっていきます。4拍子が途中で6拍子になる、といった変則的なリズムです。音楽が複雑になっていくのと同時に、ダンスも複雑になっていきました。

それに加え、難易度の高いバレエやモダンダンスのテクニックがジャズダンスに取り込まれていきます。

バレエやモダンダンスの基礎がしっかりしているジャズダンサーが増えてくると、一般の人たちが気軽に踊れなくなっていきます。

バレエやモダンダンスのテクニックを必要とするジャズダンスのことを「モダンジャズ」と呼びます。

めがね

モダンジャズダンスのことをジャズダンスとイメージする人が多いと思います。

プロのダンサーたち

そしてプロのダンサーたちが登場するようになりました。

プロのダンサーが登場し、テクニックがさらに難しくなっていきます。プロのダンサーや振付家の登場で、ジャズダンスがさらに洗練されていきます。

ジャック・コール(Jack Cole)

「シアターダンスの父」と呼ばれるのがジャック・コール(1911~1974)です。

代表作

1953年:『紳士は金髪がお好き』
1954年:『ショーほど素敵な商売はない』
1965年:『ラ・マンチャの男』

ジャズダンスに、バレエ、モダンダンスだけでなく、東洋の民族ダンスも取り入れました。

ジャックコールはモダンダンスのテクニックをデニショーンから学びます。その際、オリエンタル、とくにインドの影響を強く受けました。インドとジャズダンスを融合したスンダリ・スタイルを確立させ、のちのボリウッド(インド映画)につながります。

モダンジャズの特徴

・足を高く上げる
・回転技
・膝を曲げたり、低い重心
・上半身を柔軟に使う

バレエのテクニックだけでなく、コントラクション(背骨を丸める)といったモダンダンスのテクニックがふんだんに入っています。

またアイソレーションをジャズダンスに取り入れたのもジャック・コールです。

アイソレーション

isolations(孤立)という意味で、身体の一部分だけを動かすテクニック

ジャック・コールのおかげで動きのバリエーションが一気に増えました。そのため、ジャック・コールが「シアターダンスの父」と呼ばれるようになりました。

Tars and Spars

こちらは1946年に公開された『Tars and Spars』というミュージカル映画です。チャルダーシュ(ハンガリー音楽)という音楽で、バレエに近いジャズダンスが踊られています。

ほかのシーンではいろいろな国の伝統舞踊にバレエやモダンダンスの要素が入っています。

紳士は金髪がお好き

ジャック・コールの一番有名な作品はマリリン・モンロー主演の『紳士は金髪がお好き』のこのシーンだと思います。このシーンは「ダイアモンドは女の子のベストフレンド」。1953年公開です。

『Tars and Spars』では主演する俳優たちがしっかり踊っていました。ですが、マリリン・モンローはそこまで踊っていません。

歌はマリリン・モンローが歌っているわけではありません。ただ、歌の吹き替えは比較的かんたんにできますが、踊りの吹き替えは難しい。ジャック・コールは「踊りがダメでもミュージカルに主演する」という形をつくりました。

こうして踊りの苦手な人気スターがミュージカルに主演することができるようになりました。

ジーン・ケリー

そして、1942年デビューのジーン・ケリー(1912~1996)が登場します。

『雨に唄えば』『踊る大紐育(ニューヨーク』『巴里(パリ)のアメリカ人』という大ヒット作に出演し、自身で監督・脚本・振付も行いました。

ジーン・ケリーはジャズダンス、タップ、アクロバット、すべてに素晴らしいテクニックを持っています。

錨を上げて

1945年公開の実写とアニメが融合された人気のある作品です。ジーン・ケリーと一緒に踊るのは「トムとジェリー」のジェリーです。

ジーン・ケリーの踊りはとにかくパワフルです。重心がしっかりしていて、身体がブレません。この映像からわかるように身体能力が高く、ジャズダンスにアクロバティックな要素がどんどん入っています。

体操的な要素がジャズダンスに入りモダンジャズダンスが確立されていきました。

雨に唄えば

誰もが一度は聞いたことのあるこの曲。1952年公開の『雨に唄えば』です。

憂鬱な雨さえも楽しくしてしまうジーン・ケリーなのでした。

一度は観るべきミュージカル映画代表の作品です。ヒロインは17歳の新人デビー・レイノルズです。

デビー・レイノルズ

16歳で芸能界入りし、たった1年で『雨に歌えば』に大抜擢されます。

トニー・マーチンやアン・ミラーと『戦艦は踊る(1955年)』で主演し、ミュージカルを支える存在になります。

1979年以降はデビー・レイノルズ・スタジオという貸しスタジオをオープンします。

このスタジオからマイケル・ジャクソン、マドンナ、シェール、マライア・キャリーなどが利用していました。

ちなみに『スター・ウォーズ』のレイア姫を演じたキャリー・フィッシャーのお母さんです。

キャリー・フィッシャーが2016年12月27日(60歳)にお亡くなりなった翌日、後を追うようにデビー・レイノルズもお亡くなりになりました(84歳)。

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kazu

今回は「1940年代ダンスの歴史とモダンジャズダンス」についてでした。次回に続きます。
ありがとうございました。

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