
クランコ版『ロミオとジュリエット』はどんなストーリー?
どんな特徴がある?
見どころは?
1962年、ジョン・クランコがバレエ版『ロミオとジュリエット』を初上演します。
数あるバレエ版『ロミオとジュリエット』の中でも1番見やすいと個人的に思います。
その理由を含め作品を紹介していきます。
元劇団四季、テーマパークダンサー。舞台、特にバレエを観に行くのが大好きで、年間100公演観に行った記録があります。
今回は、クランコ版『ロミオとジュリエット』の作品解説です。
※ 3分ほどで読み終わります。
とても見やすい『ロミオとジュリエット』
『ロミオとジュリエット』は物語バレエと呼ばれます。
クラシックバレエ(古典バレエ):ストーリーと関係ない踊りの見せ場が途中途中に挟まる(19世紀~)
物語バレエ:踊りがストーリーに溶け込んでいて、踊りによって物語を伝える(1940年頃~)
物語バレエの振付で頭角を現したのが、ジョン・クランコです。
ボストン・バレエ団より。
ジョン・クランコ振付の『ロミオとジュリエット』はほぼ形を変えず、50年以上たった今も変わらず上演されています。
ジョン・クランコは1961年~1973年、シュツットガルト・バレエ団の芸術監督・振付師として活躍しました。
1969年、ニューヨークの公演でシュツットガルト・バレエ団は大成功します。このとき舞踊評論家クライヴ・バーンズがこう讃えます。
「シュツットガルトの奇跡」
バレエ団は17世紀に誕生しましたが、そこまで有名ではありませんでした。このシュツットガルト・バレエ団を一流にしたのがジョン・クランコです。
Fine, Smooth, Seamless
ジョン・クランコに対し、ドイツの批評家ホルスト・ケグラーがこんな言葉を残しています。
「Fine(緻密)」:登場人物の心理と、人間関係を巧みに丁寧に繊細に描く
「Smooth(なめらか)」:流れるような振付
「Seamless(継ぎ目のない)」:場面転換に切れ目がない
クランコ版『ロミオとジュリエット』もこの3点が意識されています。
第2幕からの展開がとてもスピーディーに進みます。とくに第3幕は一気に悲劇に向かうため、ほかのバージョンに比べ軽い印象があり、好みが分かれる部分です。
ですが、この点が好きな人は、好印象だと思います。
そして間延びしやすい第2幕カーニバルの場面も様々な工夫があり、おもしろい展開になっています。
作品について
シュツットガルトバレエ団のジョン・クランコ時代の始まりとなった作品が、1962年に発表された『ロミオとジュリエット』です。
ドイツ:シュツットガルト
振付:ジョン・クランコ
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
装置・衣裳:ユルゲン・ローズ
台本:ウィリアム・シェイクスピア
ジュリエット:マリシア・ハイデ
ロミオ:レイ・バラ
全3幕:2時間5分
初演はジュリエットをマリシア・ハイデ、ロミオをレイ・バラが踊っています。
マリシア・ハイデはクランコのミューズ(創作の源)として欠かせない人物です。レイ・バラはジャンプが得意だったため、トゥール・アン・レール(空中で2回転)が振付にたくさん入っています。
現在もじわじわと世界中のバレエ団のレパートリーに加わっています。日本では2022年、東京バレエ団のレパートリーに加わりました。
主な登場人物
【キャピュレット家】
ジュリエット:14歳を迎えるキャピュレット家の娘で主人公
ティボルト:ジュリエットのいとこ
パリス:ジュリエットの婚約者
キャピュレット卿:ジュリエットの父
キャピュレット夫人:ジュリエットの母
乳母:ジュリエットを支える存在
ロザライン:ロミオが一目惚れする
【モンタギュー家】
ロミオ:モンタギュー家の息子で主人公
マキューシオ:ロミオの友人
ベンヴォーリオ:ロミオのいとこ
三人の娼婦:ロミオと仲がいい
僧ローレンス:結婚をとりしきり、仮死状態にする毒を手配する
ヴェローナ大公:ヴェローナを統治
ストーリー
14世紀のイタリア・ヴェローナ。
第1幕
夜明け前、
朝になるといつものように広場が活気づく。これまたいつも通り、キャピュレット家とモンタギュー家が争っている。
その日の夜、ロミオはロザラインを追ってキャピュレット家の仮面舞踏会に侵入。しかしロミオはジュリエットに出会い、恋に落ちてしまう。
積極的にアプローチしすぎたロミオは正体がバレてしまう。しかし、舞踏会ということもありお
深夜、ロミオは再度キャピュレット家に戻ってくる。そこでバルコニーでたたずむジュリエットと愛を誓い合うのだった。
第2幕
次の日の朝方、広場で夢見心地のロミオ。そこにジュリエットの乳母が手紙を持ってやってくる。手紙には「結婚」の文字が……。
ロミオはすぐジュリエットの待つ
カーニバルの最中の広場にロミオが戻ってくる。ティボルトがマキューシオと争っている。ジュリエットと結婚したロミオはティボルトと争いたくない。
激怒したロミオがティボルトを殺してしまう。
第3幕
ロミオはヴェローナから追放されてしまう。追放される前にジュリエットのもとにやってくるロミオ。失意の中、一夜をともにし、早朝出ていってしまう。
一方のジュリエットは、パリスとの婚約話がどんどん進み、結婚式が明日と決まってしまう。
困ったジュリエットは僧ローレンスに相談に行く。
こう提案される。「薬でジュリエットを仮死状態にし、葬式を行う。仮死状態のジュリエットが
ジュリエットに薬を渡し、ロミオに策を伝えることを約束する。
結婚の準備で忙しいキャピュレット家。しかし、ジュリエットの遺体が発見される。もちろん、実際に死んでいるわけではなく仮死状態である。
ジュリエットの葬儀が行われ、遺体が霊廟に安置されている。
葬儀が終わった後、ロミオが隠れてやってくる。しかし、なぜかロミオは悲しみにくれている……。
ロミオはジュリエットが死んでしまったと勘違いしている。
何も知らないロミオは絶望からナイフで自分を刺し、息絶える。
その直後、ジュリエットが仮死状態から目覚める。ロミオに気づくジュリエット……。ロミオが死んでいることに気づき、ジュリエットもナイフで自分を刺し、命が消えるのだった。
若さあふれパワフルな振付
「3バカトリオ」とも称されるロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオの振付は、パワフルで若さ溢れます。
トゥール・アン・レール(空中で2回転)の嵐。とくにマキューシオはずっと跳び跳ね続けています。
シュツットガルト・バレエ団でのリハーサル映像です。30分ほどと少し長めの映像です。
1:ロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオの舞踏会前のシーン
2:ジュリエットとパリスの舞踏会のシーン
3:マキューシオの舞踏会のシーン
4:ロミオとジュリエットのバルコニーシーン
ジュリエットをエリザ・バデネス、ロミオをフリーデマン・フォーゲルが踊ります。
納得するドラマづくり
クランコ版は他のバージョンで疑問に感じる部分をうまく解消しています。
1:ロミオとジュリエットの出会い
2:パリスの扱い
3:ジュリエットのお母さん
1:出会い
ロミオとジュリエットは舞踏会で出会います。ですが、ロミオは招待されていないため仮面をつけて登場します。クランコ版では、初めてジュリエットがロミオを見る時に仮面を一瞬外します。
ほかのバージョンだと仮面をつけたままのことが多いため一目惚れと理解するには少し疑問に感じることが多いです。
2:パリスの扱い
パリスはジュリエットの婚約者ですが、邪魔者扱いされることが多いです。パリスはただ親の言う通りに婚約者として振る舞っているだけで、ロミオとジュリエットの事情はなにも知りません。ですが、ジュリエットの事情を察し、待ち続けます。
それにも関わらず、ジュリエットが仮死状態になったとき運悪くロミオと対面してしまい殺されてしまいます。このときロミオはパリスに見つかり焦ってナイフを手にします。パリスを殺そうという意思よりも
ほかのバージョンではロミオがパリスに逆恨みし、殺してしまいます。これは「パリスと結婚させられそうになったジュリエット」が自殺したと勘違いしてしまうからです。
3:ジュリエットの母
ジュリエットのお母さんは、ジュリエットに基本的に厳しいです。
第3幕では、パリスとの婚約を拒否するジュリエットに寄り添うことなく、無理やり結婚させようとします。ただ、クランコ版ではジュリエットに同情する姿を見せます。一瞬ジュリエットの拒否に理解を示す瞬間があることで、お母さんにも事情があり、この時代の難しさを感じるような内容になっています。
ほかのバージョンでは第2幕でティボルトが死んだ時、感情をむき出しにして嘆く母ですが、ジュリエットには
クランコ版ではジュリエットが亡くなった(と思っている)ことに嘆くシーンが追加されています。
とくにほかのバージョンでは、甥っ子のティボルトにあんなにも寄り添うのに、娘のジュリエットには厳しい部分に疑問に感じることが多いです。
巧みな美術
クランコ版は舞台セットがとてもシンプルです。
ユルゲン・ローズは舞台奥にアーチ橋をデザインしています。場面により階段がついたり、取り外されたり、位置がズレていきます。
このアーチ橋が巧みに利用されていきます。
とくに舞踏会のシーンでは、アーチ橋を起点に舞台前と舞台奥の位置が変わります。
上の映像にチラッと映っていますが、舞踏会の最初はアーチ橋の前の舞台前方が舞踏会のメイン会場として使われます。
ですが、ロミオとジュリエットが出会ってからはアーチ橋よりも舞台の奥がメイン会場に変わり、ダンサーは後ろを向いて舞踏会を楽しみます。
場面の転換をすることなく、とてもスムーズに場面が変わっていくので、スピーディーな展開になっています。
歴史
クランコ版は旧ソ連のラヴロフスキー版に影響を受け、その後のマクミラン版やヌレエフ版に影響を与える重要なバージョンです。
1940年:レオニード・ラヴロフスキー版、キーロフ・バレエ団(現マリインスキー・バレエ団)
1955年:フレデリック・アシュトン版、デンマーク・ロイヤル・バレエ団
1958年:ジョン・クランコ版、ミラノ・スカラ座バレエ団
1962年:ジョン・クランコ版、シュツットガルト・バレエ団
1965年:ケネス・マクミラン版、英国ロイヤル・バレエ団
1971年:ジョン・ノイマイヤー版、フランクフルト・バレエ団
1984年:ルドルフ・ヌレエフ版、パリ・オペラ座バレエ団(77年版、80年版を自身で改訂)
物語バレエの始まりとされるのがラヴロフスキー版『ロミオとジュリエット』です。イタリアのルネサンスを意識した華麗な衣裳と美術。出演人数の多さ。マイムを駆使して物語を伝えるバレエです。
当時ジュリエットを踊ったガリーナ・ウラーノワの演技は伝説となっています。しとやかでありつつ、情熱がしっかりと見えるジュリエット。このジュリエット像をジョン・クランコが引き継ぎます。
クランコは物語バレエに対しある挑戦をします。
「マイムを使わずに踊りだけで物語を伝える」
パントマイムのことで、動きだけで感情を表す。物語を進行する上で、どうしても踊りで表現できない部分をマイムで代用していきます。
例えば、バレエでは両手を心臓の前で包むようにすると「愛している」という意味になります。
マイムを使わないことで物語がスムーズに流れていきます。
クランコ版以降は、この方針が引き継がれ、『ロミオとジュリエット』に限らず物語バレエでマイムをあまり使わずに踊りだけで物語を伝える方法が取られるようになっていきます。
ラヴロフスキーからクランコ、クランコからマクミラン、マクミランからヌレエフと繋がりが見えるようになっているので、この4つの『ロミオとジュリエット』をぜひ見てもらいたいです。
階段のないバルコニーシーン
最後に『ロミオとジュリエット』に欠かせないバルコニーシーンです。
ほかのバージョンでは階段が用意され、バルコニーからジュリエットが駆け下りてきます。
クランコ版ではバルコニーそのものです。
そのためジュリエットはロミオに下ろしてもらい、別れるときにロミオに登らせてもらいます。この上げ下ろしでさえ愛情が見える振付となっています。
シュツットガルト・バレエ団プリンシパルのアリシア・アマトリアンとフリーデマン・フォーゲルです。
アクロバティックかつスピーディーで流れるようなリフトから、動きを止めての静かなシーンの使い分けが見事です。
感想:個人的に思い入れが…
2005年11月13日のこと。
クランコ版『ロミオとジュリエット』の日本公演がシュツットガルト・バレエ団により上演されました。
僕は学生券で会場の東京文化会館にいました。
この公演が僕の人生を大きく変えました。
学生券はそこまでイイ席がもらえるわけではないのですが、この日は観客の人数も多くなくとても快適な席をもらえました。
このときの主演はエレーナ・テンチコワとジェイソン・レイリー。僕はいまでもこの2人の踊りが大好きです。
そして主演の2人だけでなく、シュツットガルト・バレエ団全体で作り出す物語にどっぷりと浸かることができました。
バレエとはこんなにも素晴らしい世界を表現できるのか……。
帰り道、身体が勝手に動く。子供に戻ったような気分でした。
そして本格的に子供のころ習っていたバレエを再開することにしました。
この作品がきっかけで、なんとなく夢に見ていたテーマパークダンサーにつながっていきました。
そのため『ロミオとジュリエット』はどのバージョンも好きで、かつクランコ版は忘れられません。
オススメDVD
7,000円ほど。
シュトゥットガルト・バレエ団の若手プリンシパルのエリサ・バデネスと、デヴィッド・ムーアによるロミオとジュリエット。

今回は、クランコ版『ロミオとジュリエット』についてでした。
ありがとうございました。
『ロミオとジュリエット』に関してはこちらにたくさん記事を書いていますので、ぜひご覧ください。
舞台鑑賞好きの僕が劇場に行くときに知っておくとちょっと得する話をのせています。バレエを中心に紹介しています。