
『白鳥の湖』はハッピーエンド?
バッドエンドもある?
どちらがオリジナル?
『白鳥の湖』の結末には、ハッピーエンドとバッドエンドの2つのバージョンが存在します。この違いは、時代背景によって生まれました。ある公演では王女と王子が愛の力で悪魔を打ち破り幸せな結末を迎える一方、別の公演では2人が湖に身を投げ死後に結ばれるという悲劇的な結末が描かれます。
本記事では、『白鳥の湖』のハッピーエンド版とバッドエンド版の背景を解説します。
元劇団四季、テーマパークダンサー。舞台、特にバレエを観に行くのが大好きで、年間100公演観に行った記録があります。
※ 3分ほどで読み終わります。
『白鳥の湖』|初演の失敗から世界的名作へ
ハッピーエンド版とバッドエンド版が存在するバレエ『白鳥の湖』。分岐するまでにはこのような歴史があります。
チャイコフスキーとバレエ音楽の革新
『白鳥の湖』は、チャイコフスキーが手掛けた最初のバレエ作品であり、彼の三大バレエ(『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』)の1つです。当時、バレエ音楽の作曲は振付師の指示に従う「二流の仕事」と見なされていて、作曲家の創造性は制限されていました。しかし、チャイコフスキーは厳しい制限の中で名曲を生み出し、バレエ作曲家の地位を高めることに成功しました。
初演の失敗
1877年3月4日、モスクワのボリショイ劇場で『白鳥の湖』が初演されました。しかし、主役のダンサーや振付、指揮者などの要因が重なり、評価を得られず、お蔵入りとなってしまいました。チャイコフスキー自身も、この失敗に失望したと伝えられています。
ロシア:ボリショイ劇場バレエ団
振付:ヴェンツェル・ライジンガー
音楽:チャイコフスキー
原作:ヨハン・カール・アウグスト・ムゼーウス『奪われたヴェール』
台本:台本:ウラジーミル・ベギチェフ、ワシリー・ゲリツェル
復活と改訂
その後もチャイコフスキーはバレエ音楽の作曲を続け、『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』などの成功を収めました。これらの成功を受け、『白鳥の湖』の復活上演が決定されます。残念ながらチャイコフスキーは前年に亡くなったものの、1894年、一周忌の追悼公演として第1幕 第2場が新たに作り変えられ、翌1895年1月15日には全幕がマリインスキー劇場で上演されました。
ロシア:マリインスキー劇場バレエ団
振付:マリウス・プティパ(第1幕第1場、第2幕)、レフ・イワノフ(第1幕第2場、第3幕)
音楽:チャイコフスキー
この改訂で、曲のカットや順序の変更、台本の手直しなどが行われ、現在多くのバレエ団が上演するバージョンの基礎となりました。
スヴェトラーナ・ザハーロワとデニス・ロドキンによる 第1幕 第2場。
補足情報|作曲家と振付師の関係
当時のバレエ界では、振付師の指示が最優先され、作曲家の意見はあまり反映されていませんでした。特に振付師マリウス・プティパは威圧的なタイプだったと伝えられています。しかし、チャイコフスキーとプティパの関係については、以下の2つの説があります。
- プティパが容赦なく指示を出していた。
- プティパはチャイコフスキーを尊敬し、他の作曲家とは異なり、ほとんど指示をしなかった。
いずれにせよ、彼らの協力によって『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』などの名作が生まれました。
改訂後のストーリー
プティパはチャイコフスキーの意図を理解しつつも、ストーリーに改変を加えました。以下が物語のあらすじです。
悪魔に呪いをかけられたお姫様オデットは、昼間は白鳥の姿になり、夜に人間の姿に戻ります。呪いを解くには、王子様と本物の愛を誓うことが必要です。オデットはジークフリート王子と出会い、二人は永遠の愛を誓います。しかし、ジークフリート王子はオデットそっくりなオディールに騙され、オディールに愛を誓ってしまいます。オデットに許しを請う王子。オデットは王子を許しますが、呪いが解けないことを悟り、二人の愛を貫くため湖に身を投げてしまいます。オデットが死んだことで悪魔は滅び、二人は死後の世界で結ばれるのでした。
世界中で愛される『白鳥の湖』
現在、『白鳥の湖』は世界中で最も上演されているバレエ作品の一つです。多くのバージョンがありますが、すべて「プティパ/イワノフ版」が基になっています。その美しい音楽と物語は、今もなお多くの人々を魅了し続けています。
『白鳥の湖』2つの結末|ハッピーエンドとバッドエンド
『白鳥の湖』には、バッドエンドとハッピーエンドの2つの結末が存在します。バッドエンドがオリジナルでしたが、ロシアの情勢によりハッピーエンドが生まれました。ソ連時代、社会主義の政策として「バレエは幸せで終わるべき」という指示が出され、物語の結末が改変されました。
ハッピーエンド版のストーリー:結末のみ変更
オデットの呪いを解くことができなくなった王子。許しを請いに湖へやってきます。再会した二人の前にロットバルトが現れ、オデットをさらおうとします。王子とオデットはロットバルトに立ち向かい、二人の愛の力でロットバルトを打ち破ります。結果、オデットの呪いは解け、王子とオデットは愛を誓い永遠に幸せに暮らすのでした。
バッドエンドが生き残った理由
ロシア革命(1917年~1923年)の際、振付家のニコライ・セルゲイエフが西側に亡命しました。彼はバッドエンド版『白鳥の湖』の舞踏譜(バレエの振付を記録した譜面)を持参しており、1934年に英国ロイヤル・バレエ団の前身であるヴィック・ウェルズ・バレエ団でこのバージョンが上演されました。こうして西欧ではバッドエンド版が広がることになったのです。
『白鳥の湖』は、初演の失敗を乗り越え、改訂を経て世界的な名作となりました。チャイコフスキーの音楽とプティパ、イワノフの振付が融合したこの作品は、バレエの歴史において特別な位置を占めています。
結末のバリエーションと地域差
日本のバレエ団は、ロシアからの影響を受けているため、ハッピーエンド版を上演することが多いです。しかし、英国ロイヤル・バレエ団の影響を受けたバレエ団などでは、バッドエンド版を上演することもあります。
『白鳥の湖』の結末には、さらに大きく分け、3つのバリエーションがあります。地域によって採用される結末に違いがあり、旧ソ連系のバレエ団ではハッピーエンドが主流であるのに対し、西欧諸国ではバッドエンドや来世での救済が多く見られます。
- 来世での救済:オデットと王子が湖に身を投げ、二人は死後に天国で結ばれる
- ハッピーエンド:ロットバルトを倒し、オデットの呪いが解けて二人が結ばれる
- バッドエンド:オデットが湖に身を投げ、王子が一人残される
プティパ=イワノフ版(1895年)
特徴:結末は、オデットとジークフリートが湖に身を投げ、死後に結ばれるという悲劇的なもの
現在多くのバレエ団で上演されている『白鳥の湖』の基本形です。チャイコフスキーの音楽に合わせて、マリウス・プティパとレフ・イワノフが振付を担当しました。
6,000円ほどです。
ゴルスキー版(1920年)
特徴:オデットとジークフリートがロットバルトを倒し、命を落とさずに結ばれるという結末
アレクサンドル・ゴルスキーによるこのバージョンは、初めてハッピーエンドを採用したことで知られています。道化役の登場や、オデットとオディールを別々のダンサーが演じるなど、新たな試みが取り入れられました。
ブルメイステル版(1953年)
特徴:プロローグでオデットが白鳥に変えられるシーン、エピローグで人間に戻るシーンが描かれ、物語の始まりと終わりが明確に示される
ウラジーミル・ブルメイステルによるこのバージョンは、物語の一貫性を重視した演出が特徴です。第3幕では、悪魔ロットバルトの手下として各国の踊りが披露されるなど、独自の演出が加えられています。
現在、廃版です。
ヌレエフ版(1984年)
特徴:物語は王子の夢や幻想として描かれ、ロットバルトは王子の家庭教師として登場。結末は、王子が現実と幻想の狭間で苦悩し、最終的に溺死するという悲劇的なもの。
ルドルフ・ヌレエフがパリ・オペラ座バレエ団のために振付したこのバージョンは、ジークフリート王子の内面に焦点を当て、王子を主人公とした演出が特徴です。現在上演されているバッドエンド版の中で代表作と言えます。
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まとめ
個人的にはバッドエンド版が好きです。というのも、ロットバルトを倒してしまうと「呪い」の設定が曖昧になってしまうためです。やはり、バッドエンドの方がよりドラマティックな展開になっていると思います。
さまざまなバージョンが信じられないほど存在する『白鳥の湖』。ぜひ、お気に入りのバージョンを見つけてみてください。『白鳥の湖』の作品についてはこちらからどうぞ。
今回は、なぜ『白鳥の湖』にハッピーエンドとバッドエンドがあるのか、についてでした。
バレエ作品に関してはこちらにまとめています。ぜひご覧ください。
舞台鑑賞好きの僕が劇場に行くときに知っておくとちょっと得する話をのせています。バレエを中心に紹介しています。