『白鳥の湖』はハッピーエンド?
バッドエンドもある?
どちらがオリジナル?
日本で上演される『白鳥の湖』は、ハッピーエンド版が多いです。
これはロシアからの影響を大きく受けているためです。
それに対し、ヨーロッパ版はバッドエンドが多くなっています。
どうしてそうなっているのか……。
元劇団四季、テーマパークダンサー。舞台、特にバレエを観に行くのが大好きで、年間100公演観に行った記録があります。
今回は、『白鳥の湖』の2種類の結末「ハッピーエンドとバッドエンド」についてです。
※ 3分ほどで読み終わります。
初演は大失敗
『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』はチャイコフスキーが作曲したバレエ作品で、三大バレエと呼ばれます。
チャイコフスキーの三大バレエ:『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』
チャイコフスキーが登場するまで、バレエ音楽の作曲は「 二流の仕事 」と思われていました。
作曲家は振付師の要求に応え、自由度の低い状態で作曲をしていました。例えば、テンポです。振付師が細部まで指定していました。
チャイコフスキーが変革を起こします。
指定されたテンポ、制限された創作活動の中にも関わらず、名曲を生み出し作曲家の地位を押し上げます。
初めて手掛けたバレエが『白鳥の湖』です。
残念ながら、初演時は主役のダンサー、振付師、指揮者に恵まれなかったため、評価を得られず、お蔵入りしてしまいます。
ロシア:ボリショイ劇場バレエ団
振付:ヴェンツェル・ライジンガー
音楽:チャイコフスキー
原作:ヨハン・カール・アウグスト・ムゼーウス『奪われたヴェール』
台本:台本:ウラジーミル・ベギチェフ、ワシリー・ゲリツェル
大幅な曲順の変更
その後もチャイコフスキーはメゲることなくバレエ音楽を作曲していきます。
そこで生まれたのが『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』です。この 2作品が大成功したことにより『白鳥の湖』の復活上演が決まります。
1894年、チャイコフスキーが亡くなってから 1年後、1周
スヴェトラーナ・ザハーロワとデニス・ロドキンによる 第1幕 第2場。
この公演が成功し、翌年『白鳥の湖』は全幕として完全復活を果たします。
ロシア:マリインスキー劇場バレエ団
振付:マリウス・プティパ(第1幕第1場、第2幕)、レフ・イワノフ(第1幕第2場、第3幕)
音楽:チャイコフスキー
このとき大きな変更がありました。
曲をカットしたり、曲順を大幅に入れ替える作業が行われ、台本にも手直しが加えられました。
作曲家の地位
バレエの音楽は作曲家の意思と関係なく、曲がカットされたり、曲順を入れ替えられたり、他の作曲家の曲が挿入されたりと改変されています。
バレエには、専門作曲家がいました。振付師の指示に従い、踊りやすいことが優先され、過度な表現・個性的な表現を避けていました。
こんな言葉が残されています。
最良の女性は何も言わないこと。バレエ音楽家も同様に何も気づかれないのが最良である。
同じ芸術のオペラでは作曲家と演出家は対等な立場です。
ですが、バレエでは振付師の指示が最優先されていました。
特にマリウス・プティパはかなり威圧的なタイプだったと伝えられています。
『白鳥の湖』の初演時には組んでいなかったチャイコフスキーとマリウス・プティパ。この 2人により制作された『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』は大成功します。
チャイコフスキーとプティパの関係は 2通りの説があります。
1:容赦なく指示していた
2:プティパはチャイコフスキーを尊敬していた。ほかの作曲家に対するのと違いほとんど指示をしなかった。
改定後のストーリー
そのプティパがチャイコフスキーの意図を知りながらも、改変。
完成したストーリーがこちらです。
悪魔に呪いをかけられたお姫様オデット。昼間は白鳥の姿になり、夜に人間の姿に戻る。呪いを解くには王子様と本物の愛を誓うこと。オデットはジークフリート王子と出会い、ふたりは永遠の愛を誓う。
しかし、ジークフリート王子はオデットそっくりなオディールに騙され、オディールに愛を誓ってしまう。こうしてオデットの呪いを解くことができなくなってしまう。オデットに許しを請う王子。王子を許すものの、呪いが解けないことを悟ったオデットは2人の愛を貫くため湖に身を投げて死んでしまう。オデットが死んだことで悪魔も滅びるのだった。
世界中で一番上演されているバレエ『白鳥の湖』。
いろいろなバージョンがありますが、すべて「 プティパ / イワーノフ版 」がもとになっています。
ハッピーエンド と バッドエンド
さきほどバッドエンドを紹介しました。これがオリジナルです。
ですが、『白鳥の湖』はバッドエンドとハッピーエンドの 2つの系統に分かれます。
そもそもはバッドエンドでしたが、ロシアの情勢によりハッピーエンドが誕生します。ソ連時代、社会主義の政策として「バレエは幸せで終わるべき」という指示がでます。
旧ソ連にルーツを持つ『白鳥の湖』は基本的にハッピーエンドで、今もその流れが続いています。第2幕までのストーリーはバッドエンド版と同じです。
結末だけが変わります。
オデットの呪いを解くことができなくなった王子が許しを請いに湖やってくる。オデットと再会した王子。するとロットバルトがオデットをさらいにくる。ロットバルトに挑む王子とオデット。2人の愛の強さに力が弱まっていくロットバルト。そしてロットバルトは破れ、オデットの呪いが消えるのだった。王子は人間に戻ったオデットと愛を誓い合うのだった。
日本のバレエ界はロシアからの影響が大きいため、多くのバレエ団がハッピーエンド版を上演しています。
なぜバッドエンドが生き残っているのか
ロシア革命( 1917年~1923年)が起きた時、振付家のニコライ・セルゲイエフが西側に亡命を果たします。
このとき、バッドエンド版『白鳥の湖』の舞踏譜(音楽の楽譜のようにバレエの振付を記録した譜面)を持参していました。
1934年、この舞踏譜をもとに英国ロイヤル・バレエ団の前身であるヴィック・ウェルズ・バレエ団で『白鳥の湖』が上演されます。こうして西欧ではバッドエンド版が広がることになりました。
ぼくはバッドエンドバージョンが好きです。ロットバルトを倒してしまうと「呪い」の設定が曖昧になってしまうと感じています。
そしてバッドエンドの方がよりドラマティックな展開になっていると思います。
『白鳥の湖』の作品についてはこちらからどうぞ。
DVD:パリ・オペラ座バレエ団のヌレエフ版
バッドエンドの代表作であるヌレエフ版です。
アマゾン・プライムで配信中です。(終了時期は未定です)
重厚なつくりのバッドエンドです。
『白鳥の湖』は信じられないほどバージョンがあります。ぜひお気に入りを見つけてください。
今回は、「なぜ『白鳥の湖』にはハッピーエンドとバッドエンドがあるのか」についてでした。
ありがとうございました。
バレエ作品に関してはこちらにまとめていますので、ぜひご覧ください。
舞台鑑賞好きの僕が劇場に行くときに知っておくとちょっと得する話をのせています。バレエを中心に紹介しています。