
『ジゼル』はどんなストーリー?
特徴は?
見どころは?
バレエ作品の中でも最高難度の演技が必要とされるジゼル。
演じるバレエダンサーの人生観が問われます。
バレエダンサーが命をかけて演じるジゼルだからこそ、素晴らしい舞台に出会える確率の高い作品です。
妖精物語なのですが、ふんわり優しい雰囲気ではありません。
元劇団四季、テーマパークダンサー。舞台、特にバレエを観に行くのが大好きで、年間100公演観に行った記録があります。
今回は、『ジゼル』の作品解説です。
※ 3分ほどで読み終わります。
トウ・シューズによる浮遊感
『ジゼル』の初演は1841年のフランスです。
この頃、女性バレエダンサーの象徴であるトウ・シューズが生まれました。
フランス語でトウ・シューズ(toe shoes)のことを「ポワント( 仏:pointes )」と呼びます。
また、英語でポイント・シューズ( pointe shoes)と呼ぶこともあります。
5本の指で立ちますが、実際に体重がかかっているのは親指・人差し指・中指の 3本です。指の長さがバラバラな場合、パットなどを入れて調整します。
骨にかなりの負担がかかります。いつ履き始めるか、見極めが非常に難しいです。フランスのパリ・オペラ座バレエ学校では入学してから 2年目で履くこと許されます。ロシアのワガノワ・バレエ学校では入学後すぐにポワントの授業が始まります。
『ジゼル』初演の 10年ほど前( 1832年 )、妖精をテーマにした『ラ・シルフィード』が上演されます。つま先立ちのトウ・シューズ(重力を感じさせない)に加え、ロマンティック・チュチュ(薄いチュールが何枚も重ねられフワッと動く)によって妖精の浮遊感が表現されました。
この時代のバレエは「ロマンティック・バレエ」と呼ばれます。19世紀前半、絵画・文学・音楽などでロマン主義が流行し、バレエにも影響します。
バレエにおけるロマン主義とは「現実世界と真逆にある幻想的な世界」のことです。そのため「ロマンティック・バレエ」では妖精や精霊が登場します。
第1幕:人間の世界
第2幕:妖精の世界
ロマンティック・バレエの中で最も重要な作品が『ジゼル』です。『ジゼル』によってトウ・シューズの技法が確立され、女性ダンサーにとって欠かせないアイテムになりました。
第2幕は「バレエ・ブラン(白のバレエ)」と呼ばれ、バレエのイメージそのものです。群舞が整然とした美しさを作り出します。
パリ・オペラ座バレエ団より、ミルタ役はマリ=アニエス・ジロ。観劇後、小さなバレエダンサーたちがこぞって真似をする有名なシーンです。第2幕はとても静かなイメージを持つかもしれないですが、精霊たちはアグレッシブに踊ります。
プティパ版が主流
初演時は 『ジゼル、またはウィリたち(Giselle, ou Les Wilis )』という題名でした。パリ・オペラ座バレエ団で大成功したのですが、1868年を最後に上演されなくなります。
フランス:パリ
振付:ジャン・コラリ、ジュール・ペロー(ジゼル部分)
音楽:アドルフ・アダン、ブルグミュラー(第1幕の一部)
台本:テオフィル・ゴーティエ、ヴェノワ・ド・サン・ジョルジュ
初演キャスト:カルロッタ・グリジがジゼル役、リュシアン・プティパ(マリウス・プティパの兄)がアルブレヒト役
全2幕:1時間40分(休憩のぞく)
現在上演されている『ジゼル』は初演版ではありません。マリウス・プティパ、ジュール・ペローにより、ロシアで改訂されたバージョンが元になっています。
マリウス・プティパが 1884年と 1887年に、ロシアのマリインスキー・バレエ団で手を加えます。このプティパ版が現在上演されている『ジゼル』の基本形です。この時、レオン・ミンクスの曲が挿入され現在の形になりました。
ちなみに1924年、パリ・オペラ座バレエ団で『ジゼル』が復活上演されます。マリウス・プティパ版が逆輸入され大成功となりました。
台本
詩人、小説家、劇作家のテオフィル・ゴーティエが台本を書いています。ゴーティエは 35年間、新聞にバレエ批評を投稿していたほどのバレエ通でした。このゴーティエの推していたダンサー、カルロッタ・グリジのために台本が書かれました。
ゴーティエはドイツの詩人ハイネが書いた『ドイツ論(邦題:精霊物語)』の中にあった『無慈悲にワルツを踊るウィリたち』の伝説を見つけます。
そして台本作家のサン・ジョルジュとともに『ジゼル』を生み出しました。
ウィリ伝説
ウィリとは、結婚できずに死んでしまった女性の霊のことです。この世に心残りがあるため
墓に訪れた若い男性を見つけては誘惑し、死ぬまで踊らせ続けます。
なぜダンスなのか……。ダンスは女性たちが満たされなかった肉体的な欲望の暗喩とも言われます。
精霊という名前がついているので幻想的なイメージですが、どちらかというと妖怪、雪女に近いです。
狂乱オペラからの影響
ヨーロッパでは、フランス革命( 1789年 – 1799年 )の影響から言論や思想の統制が厳しくなっていました。
この影響から現実から逃避した、幻想物語、精神の病をテーマにした作品が作られます。
ドニゼッティ作曲のオペラ『ランメルモールのルチア』( 1835年)は不幸のどん底に落ちたヒロインが狂乱します。このとき、ジゼル同様、精神が狂っていく中、幸せな思い出がよみがえってきます。
こうした時代的な影響も『ジゼル』から受け取ることができます。
登場人物とストーリー
ぶどうの収穫期を迎えた中世ドイツの小さな村。
ジゼル:病弱な村娘
アルブレヒト:シレジア伯爵。身分を隠すため村人に変装。(このときロイスと名乗るバージョンもある)
バチルド姫:公爵令嬢
ヒラリオン:森番の青年。ジゼルに思い焦がれる
ベルタ:ジゼルの母親。夫はいない
ミルタ:ウィリ(精霊)の女王
第1幕
美しい村娘ジゼルにはロイスという恋人がいる。貴族の身分を隠し、純粋なジゼルとの恋を楽しんでいる。
ロイスの正体はアルブレヒトで、婚約者バチルド姫がいる。そのバチルド姫が狩りの途中、村に立ち寄る。
その頃、ジゼルに思いを寄せるヒラリオンが、アルブレヒトの正体をつかむ。チャンスと思い、全員の前でアルブレヒトの正体を明かしてしまう。
言い逃れられないアルブレヒトは、婚約者の存在を認める。ジゼルはショックを受け、錯乱し、息絶えてしまう。
ボリショイ・バレエ団より。オルガ・スミノロワによる「狂乱のシーン」です。バチルド姫に恋人のロイスを紹介するパート ~ ジゼルが絶命するシーン。
第2幕
森の奥深くに造られたジゼルの墓。
妖精ウィリたちと、その女王であるミルタがやってくる。新しいウィリであるジゼルを迎え入れる。
そこにヒラリオンが許しを請いにやってくる。しかし鬼火が現れ、逃げていく。
続いて、アルブレヒトがやってくる。祈りを捧げていると、ジゼルの気配を感じる。存在を確信し、一緒に時を過ごす。
逃げたはずのヒラリオンがウィリたちに捕まってしまう。命乞いをするもヒラリオンは湖に突き落とされ死んでしまう。
次のターゲットはアルブレヒト。ミルタに追い詰められるアルブレヒト。必死に守るジゼル。
力尽きる寸前、朝を告げる鐘がなる。鐘を聞いたウィリたちは墓に戻っていく。
そして、ジゼルも墓に戻っていく。
残されたアルブレヒトは深い後悔を抱えるのだった……。
オリジナルは結末が違った?
もともとの結末は「ジゼルがバチルド姫にアルブレヒトを
アルブレヒトのジゼルに対する思い、後悔が観客にしっかり印象づけられるよう変化しています。
アルブレヒトの人物像
ジゼル同様、アルブレヒトにも高い演技力が要求されます。ダンサー独自の解釈がかなり許されていて、プレイボーイに演じるダンサーもいれば、ジゼルを一途に愛するダンサーもいます。
現在は、実直なアルブレヒトを演じるダンサーが多いです。
ジゼル
古典作品、中でも『眠れる森の美女』のオーロラ姫は年齢を重ねていくと踊りを封印してしまうダンサーも多いです。
それに対しジゼルはキャリアの最後まで演じ続けるダンサーが多いです。
前半では初恋に喜ぶ可憐な乙女、クライマックスの半狂乱のシーン、後半では神聖な踊りへと変化していきます。
役の振り幅が広いため、多くのダンサーがさまざまな挑戦をしています。
『ジゼル』は 1時間 40分 とバレエ作品としてはコンパクトなので、体力配分のしやすさもあります。
第 2 幕のパ・ド・ドゥ
とくに第2幕のパ・ド・ドゥは人気が高いです。本当に宙を浮いているように見えます。
硬いトウ・シューズで踊ると「カンッ、カンッ」と音が鳴ってしまうので、できるだけ音がしないように柔らかく加工するダンサーもいます。
スヴェトラーナ・ザハーロワ、ロベルト・ボッレによるパ・ド・ドゥ。
アルブレヒトはシーン冒頭、十字架の近くにいます。十字架はウィリを遠ざける力があります。
ウィリたちのお墓は森の奥深くにあります。これはなにか事情があったと考えられます。中世の深い森は恐ろしい場所でした。社会からはぐれた者たちが追いやられた場所で、魔女や精霊といった怖い話もたくさんあります。
ジゼルが半狂乱になったとき、剣で自害してしまうバージョンがあります。この時代、自殺はタブーのため共同の墓地に入れられることはありません。そのためジゼルは森の奥深くに埋葬されました。
アルブレヒトとヒラリオンは危険を知りながら森の奥深くにやってきます。それだけジゼルを愛していたことがわかるようになっています。
音楽
『ジゼル』はバレエ音楽に大きな変化を与えたといわれます。
作曲はアドルフ・アダン( 1803年 – 1856年)です。
メロディの美しさだけでなく、登場人物にモチーフとなるテーマ曲を与えたり、ストーリーの盛り上がりにあわせ音楽が構成されています。
この時代、バレエには専門作曲家がいました。
作曲家は振付家の指示に従い、踊りやすいことが優先され、過度な表現・個性的な表現を避けていました。歴史の中で、しきたりが確立されてしまい、バレエ音楽家は魅力のない仕事となっていました。
こんな言葉が残されています。
最良の女性は何も言わないこと。バレエ音楽家も同様に何も気づかれないのが最良である。
しかも、完成した音楽に対し、曲をカットしたり、アレンジしたりとかなりの改変が許されています。
こうしたことからもバレエ音楽の地位の低さがわかります。
アダンも専門作曲家として働いていました。
ですが、アダンは物語性をプラスするような音楽をつくりました。
その特徴がライトモチーフです。
登場人物の性格、感情を表現する音楽のフレーズ。作中に繰り返し登場する。
第1幕、花占いのシーンです。このライトモチーフが作中に何度も登場します。
先ほど紹介した狂乱のシーンでは、不協和音で響きます。
そして、第2幕、アルブレヒトとジゼルが再会するシーンでは、穏やかな音色に変わります。
その後、踊りを強いられるアルブレヒトのために踊るジゼルのシーンでは、激しく演奏されます。
アダンは物語に合わせテンポやリズム、雰囲気に変化を持たせ、全体的な統一感を演出しています。
ライトモチーフは 1870年代にオペラの技法として登場しますが、アダンは1841年の『ジゼル』で披露しています。
ちなみに、バレエ音楽に変化を起こしたのはチャイコフスキーです。
1876年『白鳥の湖』でバレエ音楽の地位を向上させました。
バージョン
『ジゼル』はほかの古典作品と大きく違う点があります。それはストーリーが固定されている点です。
古典作品の定番である『白鳥の湖』は演出によって曲の順番を入れ替えていたり、結末がハッピーエンドもあればバッドエンドもあります。
『ジゼル』ではどのバージョンでも物語に大きな違いはありません。
1841年:ジャン・コラリとジュール・ペロー版(パリ・オペラ座バレエ団)
1887年:マリウス・プティパ版(マリインスキー・バレエ団)1884年版から改訂
1934年:ニコライ・セルゲイエフ版(ヴィック・ウェルズ・バレエ団:のちに英国ロイヤル・バレエ団に)
1982年:マッツ・エック版(クルベリ・バレエ団)
2016年:アクラム・カーン版(イングリッシュ・ナショナル・バレエ団)
マッツ・エック版、アクラム・カーン版は少し特殊で、現代的な設定となっています。このような再解釈された『ジゼル』もオススメです。
オススメDVD
『ジゼル』はDVD化も多くオススメがたくさんあります。
英国ロイヤル・バレエ団
まずは英国ロイヤル・バレエ団より。アリーナ・コジョカルとヨハン・コボー主演です。
4,000円ほど。
アリーナ・コジョカルがあまりにハマっています。僕も生で観たことありますが、いつも素晴らしいです。
パリ・オペラ座バレエ団
次はパリ・オペラ座バレエ団より、レティシア・プジョルとニコラ・ル・リッシュ主演です。
3,000円ほど。
ニコラ・ル・リッシュの演技がとくにオススメです。
ボリショイ・バレエ団
最後はボリショイ・バレエ団より、スヴェトラーナ・ルンキナ、ドミトリー・グダノフ主演です。
5,000円ほど。
このDVDはセットになっていて『くるみ割り人形』『眠れる森の美女』『ジゼル』『パリの炎』の4つDVDが入っているお得なセットです。ボリショイ・バレエ団の持つ、重々しい雰囲気はやはり素晴らしいです。
動画配信サイトでもバレエの公演を見ることができます。

今回は、『ジゼル』についてでした。 ぜひぜひチェックしてみてください。
ありがとうございました。
バレエ作品に関してはこちらにまとめています。ぜひご覧ください。
舞台鑑賞好きの僕が劇場に行くときに知っておくとちょっと得する話をのせています。バレエを中心に紹介しています。