上巻の内容・感想:女性の自立と教育.jpg)
『ロスノフスキ家の娘』( 1982年)上巻の内容は?
特徴は?
読みどころは?
ジェフリー・アーチャー著『ロスノフスキ家の娘』は、1979年に出版された『ケインとアベル』の続編です。初の女性大統領実現への期待が高まっていたアメリカで、女性が力強く生きる姿を描いています。イキイキと輝く姿を通じて新たな世界への希望を提示します。
今回は、『ロスノフスキ家の娘』上巻の内容、感想、そして特徴について詳しく解説していきます。
元劇団四季、テーマパークダンサー。年間100公演ほど舞台を観に行ったことのある劇場フリーク。小説は映画化されているものを読むことが多く、映画との違いを楽しんでいます。
※ 3分ほどで読み終わります。
『ロスノフスキ家の娘』|作品について
ジェフリー・アーチャー著『ケインとアベル』の別視点として登場する『ロスノフスキ家の娘』は、前作『ケインとアベル』の下巻と同じ時間軸で物語が進行します。
- 前作『ケインとアベル』では、ホテル王アベル・ロスノフスキと銀行家ウィリアム・ケインの人生と対立が描かれる。
- 今作は、アベル・ロスノフスキの娘フロレンティナが主役。彼女はポーランド移民2世で、父の成功によって恵まれた環境で育つ。
- 赤ちゃんの頃、初めて話した言葉はママではなく、「プレジダンク」(プレジデント:大統領|を誤って発音)。アメリカ初の女性大統領を目指す物語。
『ケインとアベル』は、ウィリアム・ケインとアベル・ロスノフスキの視点で物語が展開されます。対して、『ロスノフスキ家の娘』上巻では、アベルの娘フロレンティナとケインの息子リチャードの視点で同じ時代が描かれます。同じ出来事を男性の視点(辻仁成著)と女性の視点(江國香織著)で描き、2冊同時に発売された小説『冷静と情熱のあいだ』を思い起こさせます。
『ロスノフスキ家の娘』は、『ケインとアベル』があまりにもヒットしたため、続編が発表されました。『冷静と情熱のあいだ』は最初から2冊発売されることが前提でしたが、『ロスノフスキ家の娘』は後付けの続編という点に驚かされます。同じ物語を別の視点から味わえる贅沢があります。今作では、アベルの娘であるフロレンティナ・ロスノフスキが主役となり、ポーランド移民2世として父親の成功により恵まれた環境で育った彼女が、アメリカ初の女性大統領を目指す物語が展開されます。
前作、『ケインとアベル』はこちらで紹介しています。
原題|聖書との関連
- 『ケインとアベル』が聖書にちなんだタイトルであるのと同様、『ロスノフスキ家の娘』も聖書からインスピレーションを受けている
- 内容に関連はない
『ケインとアベル』同様、『ロスノフスキ家の娘』もまた聖書の題名からインスピレーションを受けています。ただ前作同様、内容に関連はありません。『ロスノフスキ家の娘』の英語の題名は、『The Prodigal Daughter(
上巻について|ネタバレあり
上巻では、フロレンティナの幼少期から政治の世界に入る前の30代までが描かれます。
-
フロレンティナの成長
- 幼少期から政治に興味を持ち、理想的な家庭教師ミス・トレッドゴールドの助けで美しい女性へ成長
- 成長過程で、傲慢さゆえの大きな失敗や挫折も経験
-
恋の展開
- 大人になったフロレンティナは、父アベルの宿敵であるウィリアムの息子リチャードと恋に落ちる
- 2人は猛反対を受けながらも駆け落ちを果たす
物語は、1934年にフロレンティナが誕生する場面から始まります。 父アベルは娘に最高の教育を受けさせることを決意します。幼少期から政治に強い興味を持ったフロレンティナは、理想的な家庭教師ミス・トレッドゴールドの助けを借りながら、美しい女性へと成長します。その過程では、傲慢さゆえの大きな失敗や挫折も経験します。優れた学業成績を収めてボストンの名門女子大学ラドクリフ・カレッジに進学します。そして、大人の女性として独り立ちすると、父アベルの宿敵であるウィリアム・ケインの息子、リチャードと恋に落ちます。両家の確執から2人の関係は困難に直面し、父親たちの反対を押し切って西海岸へと向かいます。西海岸で2人は新たな事業を立ち上げ、成功を収めます。 その後、フロレンティナは父アベルとの和解を果たし、物語は本格的に政治の世界に入っていく下巻へ続きます。
評価
この作品は、フィクションとノンフィクションが見事に融合されており、実際には存在しない人物であっても、まるで実在しているかのように感じさせられます。上巻だけでも語られる内容が非常に豊富で、読後の満足度は高いです。
さらに、2017年に改訂され再出版されるなど、時代を経てもなおその魅力が続いています。
どちらも1,100円ほどです。
アメリカ近代史
この作品は、アメリカの近代史を余すところなく理解させてくれる極めて政治的な物語です。移民としてアメリカンドリームを達成した家庭で育ったフロレンティナは民主党を支持しています。一方、伝統的な家庭で育ったリチャードはバリバリの共和党です。両極の思想が交錯する中、どちらにも偏ることなく物語が進んでいくため、アメリカ近代の政治史がよく見えてきます。ジェフリー・アーチャーは自身の政治的バックグラウンドや、名著からの引用などを巧みに用い、「なるほど……」と納得させる表現が随所に光ります。
教育論
教育の面からも非常に読み応えがあります。上巻の半分ほど、フロレンティナの個人家庭教師であるミス・トレッドゴールドが登場します。彼女は4歳から17歳までフロレンティナと生活を共にし、伝統的な帝王学ともいえる一貫した教育を施します。ですが、次第に生意気になり、時にはその傲慢さがトラブルを引き起こすこともありました。忍耐強く教育を続けるミス・トレッドゴールドのおかげで、フロレンティナは成長とともに頭脳が磨かれます。
大学に進学するとミス・トレッドゴールドは登場しなくなりますが、要所要所で彼女の存在が思い出されるほど、印象に残る人物です。読み進めるうちに、気づいたら自分自身がフロレンティナの視点でミス・トレッドゴールドから教育を受けているかのような感覚に陥り、別れのシーンでは自分のことのように涙がこぼれました。
このように上巻では、フロレンティナの成長と挑戦、そして家族の絆が描かれています。 彼女の人生は、20世紀のアメリカ社会の変遷とともに進行し、読者に深い感動を与えます。今回は、『ロスノフスキ家の娘:上巻』についてでした。
下巻に関してはこちらをどうぞ。
備忘録
最後に作中で気になった箇所や理解が難しかった言葉を、以下のようにまとめて解決していきます。
50ページ:ポーランド人に対する偏見
アメリカでは、黒人差別と同様に、ポーランド人に対する偏見も根強い問題として存在しています。作中では、イギリス人によるアイルランド人差別や、ナチスによるユダヤ人差別が例として挙げられています。
53ページ:「一生かたわでしょう」
「かたわ(片端)」という言葉の意味が分からず調べました。これは、身体に完全でない部分があること、つまり障がいを指す言葉です。
56ページ:ポーランドの伝説的英雄タデウシュ・コシチュシュコ
作中では「コシューシコ」と表記されていますが、現在は「コシチュシュコ」と表記されることが一般的です。彼は1793年、ポーランド支配を拡大するロシア帝国などと戦い、ポーランド・リトアニア共和国の復興を目指しましたが、結果的に失敗に終わりました。
56ページ:「キチン」
昭和58年の出版当時、「キッチン」は「キチン」と表記されていたようです。
67ページ:「パール・ハーバー」
日本人として、パール・ハーバー(真珠湾)が登場すると、胸が締め付けられる思いがします。
79ページ:「アンフィシアター」
古代ローマの劇場のように、半円形のステージとすり鉢状の客席を持つ劇場のことを指します。
95ページ:「アバクロンビー・アンド・フィッチ」
1945年当時、靴専門店だったことに驚きました。作中では、名門学校と癒着し、制服の靴を独占販売している例として登場します。
95ページ:「スノバリー」
俗物(名声や利益ばかり気にする人)や紳士気取りの態度や性格を指す言葉です。
97ページ:「マコロン」
これは「マカロン」のことを指しています。
97ページ:「オランダガラシ」
クレソンのことを指す言葉です。
103ページ:「ボールのライ」
ゴルフのシーンで登場します。「ライ(lie)」は「横たわる」という意味で、ボールの位置や状況を指します。
107ページ:舞台上での注意
フロレンティナが学芸会でジャンヌ・ダルクを演じる際、ミス・トレッドゴールドから「絶対に観客席にいる自分たちの親たちを目で探してはいけない、さもないと観客はあなた方が演じている役の人物を信じなくなってしまう」と注意を受けました。これは、かつて「ロミオとジュリエット」の舞台上演で、出演していたノエル・カワードが同じく俳優のジョン・ギールグッドを舞台上から見てしまい、ジョン・ギールグッドが途中で帰ってしまったというエピソードに由来しています。
113ページ:感情の表現
フロレンティナが目に涙を浮かべていた際、「感情をむきだしにしてはいけません」と指摘され、アベルは一人で座って声をあげて泣いた。アベルが離婚をフロレンティナに告げるシーンで、心に深く響きました。
113ページ:「まるで恋しているような気分(Almost like being in love)」
実際の曲で、多くのアーティストがカバーしている名曲です。どのバージョンも素敵です。
117ページ:「メンスみたいなものだったら面倒なだけね」
これは月経のことを指しています。
130ページ:「ベストやサックスやボンウィット・テラー」
ニューヨークの高級百貨店の名前です。
160ページ:引用の訂正
チャーチル夫人が、息子のウィンストンがある選挙で惨敗を喫したときに、「これは仮装を身にまとった祝福かもしれません」と言っています。これに対し、フロレンティナが「『なんらかの仮装を……』ですわ」と訂正し、二人は声を揃えて笑いました。英語文化では引用を用いることが多く、それをさらっと訂正するシーンはいつ見てもおしゃれです。
160ページ:フロレンティナの勉強量
フロレンティナは、朝食前にミス・トレッドゴールドと話すときにはラテン語とギリシア語しか使わず、毎週末にはミス・アレンが論文を三題出題し、月曜の朝に答えを提出させました。彼女の勉強量がこのように羅列されており、その努力に驚かされました。
161ページ:「エドワード、こいつ」
フロレンティナらしからぬ突然の言葉遣いに驚きました。少し不思議な文章でした。
165ページ:
『わたしがどれほどあなたを愛しているかを知ったら、わたしを残して去ることはできないでしょう』
ミス・トレッドゴールドは微笑みながらその引用を聞き、次の一行を付け加えました。
『あなたを深く愛していればこそ、わたしは去らなければならないのです、ペルダーノ』
フロレンティナがミス・トレッドゴールドの離別を知った際に送った言葉です。引用を用い、それに対してミス・トレッドゴールドが粋な返答をする。このやり取りに感嘆しました。
178ページ:「負託(ふたく)」
引き受けさせて、任せること。
193ページ:「家畜市」
家畜市場のこと。
196ページ:「MG」
イギリスのスポーツカーブランド。現在は、中国の上海汽車グループ傘下で、タイやインドなど新興国市場を開拓しています。
200ページ:『波止場』や『ライムライト』や、ブロードウェイで『南太平洋』
当時流行した映画やミュージカルを知ることができ、嬉しいです。
207ページ:「シノプシス」
あらすじ。
216ページ:「庇(ひさし)」
漢字が読めず……。
232ページ:「ソールズベリ・ステーキ」
牛挽肉にタマネギなどを混ぜて成形し焼いた料理。ハンバーグとの違いは、牛肉を100%使用し、パン粉などでかさ増しをしない点です。
253ページ:「アイドルワイルド空港」
ニューヨークの「ジョン・F・ケネディ国際空港」の以前の名称。この空港をよく利用していたので、かつてこのような名前だったことに驚きました。
282ページ:「あんた」
ジョージがフロレンティナに向かって「あんた」と発言。ジョージらしくない言葉遣いに違和感を覚えました。
286ページ:「ファイブ・オクロック・シャドー」
夕方に生えてくる青ヒゲのこと。1960年、ケネディとニクソンによる大統領選のテレビ討論で、ケネディの健康的な容姿に対し、ニクソンの青白くうっすらと生えたヒゲが話題になりました。
300ページ:「犢(こうし)」
子牛のこと。
314ページ:「一方で父親を憎みながら同時に愛せるということが不思議でならなかった」
フロレンティナの父アベルが、フロレンティナの夫リチャードの父ウィリアムを銀行職から解任させた事件後のフロレンティナの心情。大人になり、この感情が非常に理解できるようになったとしみじみ感じました。
348ページ:「リチャードは戦闘に勝ったがまだ戦争に勝ったわけではなかった。」
非常に巧みな表現だと感じました。
364ページ:「プレジデンシャル・スイートはミスター・ジャガーという客に占領され、そのグループが九階全部を借りきっている」
ミック・ジャガー率いるローリング・ストーンズが登場。彼らは、テレビをホテルの7階から放り投げた事件がありました。数あるバンドの中でローリング・ストーンズを登場させるというセンスが光ります。
373ページ:「脱兎(だっと)」
逃げ走るうさぎのこと。
以上、最後に気になった部分の紹介でした。エンタメ作品に関してはこちらもご覧ください。
映画、テレビ、海外ドラマ、アニメ、本などエンターテイメントで感動したものを紹介します。