ミュージカル映画『プリンセスと魔法のキス』内容分析と解説(2009年)
jazz

『プリンセスと魔法のキス』( 2009年)の内容は?
印象に残ったシーンは?
共感できるポイントは?

2009年に全米公開された『プリンセスと魔法のキス』(日本では 2010年公開)。

最後の手書きセル画作品で、なめらかな映像です。

ディズニーの夢物語を問い直す作品です。

ディズニー自身で揶揄やゆする表現が登場するものの、バカにしすぎることはありません。

そして、問い直した内容の伏線を回収していきます。

不快な気持ちにならないバランス感覚のある作品です。

記事を書いているのは…

元劇団四季、テーマパークダンサー。映画に夢中だった頃は、毎週映画館に行っていました。最近はネットで映画をたっぷり

kazu

今回は、『プリンセスと魔法のキス』(2009年)の内容の分析・感想・特徴についてです。

※ 5分ほどで読み終わります。

ディズニー初の黒人のプリンセス

初の黒人のプリンセス、というより、初めて黒人がメインキャラクターとして登場したディズニー作品です。

1910年代~1920年代のアメリカのニューオリンズが舞台となっています。

黒人差別も描かれているのですが、一見わからないようなつくりになっています。

ディズニー映画なので直接的に描かれることはありません。ですが、キレイなアニメーションの裏に差別を描写する表現が入っています。

冷静にみると、「残酷かも……」と感じるような表現も含まれます。

同時におとぎ話と不釣り合いな「お金は大事」というような現実的な描写もあります。

こうした点もあり、現代的なプリンセス・ストーリーと言われます。

あらすじ

1910年代~1920年代のニューオリンズ。

登場人物

ティアナ:19歳。貧しい家庭に生まれた。料理が得意で、亡き父の夢を継ぎ自分のレストランを持つことを夢見る。アルバイトを掛け持ちし必死にお金を貯めている。仕事に没頭するあまり、家族や友人と過ごす時間がない。

ナヴィーン王子:架空の国・マルドニアの王子。20歳。怠け者で、お調子者、働くことが嫌いなプレイボーイ。親から勘当されフラフラと放浪中。

ビッグ・ダディ:この地区で1番の権力を持つ。製糖工場のオーナーで、ニューオリンズで最も裕福なファミリー。仕立て屋を営むティアナの母を気に入り、娘のシャーロットの服を頻繁に注文している。

シャーロット:ビッグ・ダディの娘。ティアナとは幼少期からの付き合いで仲が良い。プリンセスになることを夢見る。

ドクター・ファシリエ:ブードゥー教を操る魔術師。ニューオリンズを支配するため、黒魔術を使いビッグ・ダディ殺害を計画。

ナヴィーン王子がニューオリンズにジャズを求めてやってくる。王子の到着に沸き立つ街。ビッグ・ダディが主催する仮装パーティーに王子が招待される。

お人好しなナヴィーン王子は街で出会ったドクター・ファシリエに騙され、魔法でカエルに変えられてしまう。

呪いを解く方法は、プリンセスからのキス。

パーティーでケータリングを出店しているティアナ。プリンセスの衣装を着たティアナを本物のプリンセスだと思い込んだナヴィーンは、人間に戻るため彼女にキスをしてもらう。

しかし、このキスでティアナもカエルになってしまう。

混乱する 2人は呪いを解くために旅に出る。

ワニのルイスや、ホタルのレイと出会い、それぞれの夢を抱く彼らと協力しながら、人間に戻る方法を探していく。

ミュージカルの復活

この作品以前のディズニー映画はミュージカル要素がかなり少なくなっていて、劇中歌が極端に少なく 2曲ほどになっていました。

『プリンセスと魔法のキス』でミュージカル路線が復活し、劇中歌は 7曲もあります。

作曲は『トイ・ストーリー』でも有名なランディ・ニューマンです。

古き良きアメリカの表現に長けている作曲家です。幼少期にニューオリンズで過ごしていたランディ・ニューマンにマッチしています。

作中にウエスタン調の曲も登場します。ホタルのレイが歌う『連れて行くよ(Gonna Take You There)』です。

この曲はウエスタン調ですが、本編ではジャズがたくさん登場します。

英語版のリズム感は素晴らしいだけでなく、日本語版もオススメです。

ニューオリンズ

アメリカ南部、ルイジアナ州の最大都市の港町です。

ペンシルベニア州のピッツバーグの位置

もともとニューオリンズは奴隷制度の拠点となっていました。船で連れてこられた黒人たちが奴隷市場で競売にかけられます。

ニューオリンズはもともと黒人に寛容な街でした。白人と黒人のミックスであるクレオールに対し、特に寛容でした。独自の奴隷解放規定がありました。

「子女は母親の身分に従うが、白人である主人が死亡する場合、めかけだった黒人女性は奴隷から解放され、その間で生まれた子女も自動的に解放される」

1800年代もこの規定が続きますが、南北戦争の奴隷解放宣言(1863年)で悪い方向に変化します。奴隷解放により南部にいる白人の怒りがミックスの人たちに向かい、人種隔離法が制定。「クレオールは黒人」とされ、身分が落とされます。

ですが、その時代まで教育を受けていたため、ヨーロッパの音楽とアフリカのリズムの文化を持つ黒人系アメリカ人がいました。

こうして混ざり合うことでジャズが誕生していきます。

ニューオリンズはジャズ発祥の地とされています。もともと「 Jass 」と呼ばれていたジャズが「 Jazz 」という名になったのが、1917年です。

ニューオリンズを拠点に活動した白人ジャズバンド「オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド」。彼らがジャズのスペルを「 Jass 」から「 Jazz 」に変更したのが、1917年でした。

以降ジャズは「 Jazz 」と呼ばれるようになり、全米に浸透していきます。

ジャズダンスの歴史(1900年代~1910年代)ニューオーリンズで誕生

オープニングの『それがニューオーリンズ( Down in New Orleans )』。

第3黄金期

ディズニーアニメは低迷期とヒット期を周期的に繰り返しています。

初期作品

1937年:『白雪姫』
1940年:『ピノキオ』
1940年:『ファンタジア』
1941年:『ダンボ』
1942年:『バンビ』

第1黄金期

1950年:『シンデレラ』
1951年:『ふしぎの国のアリス』
1953年:『ピーター・パン』
1959年:『眠れる森の美女』

第2黄金期

1989年:『リトル・マーメイド』
1991年:『美女と野獣』
1992年:『アラジン』
1994年:『ライオン・キング』

第3黄金期

2006年、ピクサーで製作総指揮などとして活躍していたジョン・ラセターがディズニーアニメーションに移ってきます。

そして制作されたのが『プリンセスと魔法のキス』です。

ジョン・マスカーとロン・クレメンツが監督を務めています。この 2人は『リトル・マーメイド』『アラジン』においてコンビで監督を務めていて、第2黄金期を支えた人物です。

第3黄金期

2009年:『プリンセスと魔法のキス』
2010年:『塔の上のラプンツェル』
2013年:『アナと雪の女王』

『プリンセスと魔法のキス』は興行的に成功しましたが、大成功とは言えませんでした。

その理由として題名に「プリンセス」とつけてしまったことで、男性の観客を取り込めなかったと分析されています。そのためこれ以降のプリンセスものでは「プリンセス」を連想させないような題名に変わります。

日本題ではプリンセスの名前がそのまま入っているのですが、『塔の上のラプンツェル』は『 Tangled(もつれる)』。『アナと雪の女王』は『 Frozen(凍る)』といった具合です。

ジョン・ラセターはヒットをもたらしたものの2018年セクハラにより退職となりました。名作をたくさん生み出し、誰からも愛されていました。ですが、不適切な行為に対し、ディズニー社は毅然とした態度で処罰を与えました。

逆説的なシナリオ

ここからはネタバレしているので注意してください。けっこうなボリュームになってしまいました。

『プリンセスと魔法のキス』ではおとぎ話を逆からたどり、プリンセス・ストーリーを再定義しています。

原作の『かえるの王さま』はお姫様がカエルにキスをすることで、王子さまに戻ります。

原作のあらすじ

宝物を池に落としたお姫様が困っていたところカエルに助けられる。このときカエルは交換条件として友達になってもらう。しかし、お姫様は約束を破り帰ってしまう。その後カエルが城にやってきて王様に相談すると、王様はお姫様に約束は破ってはいけないと諭す。しぶしぶ「かえる」と過ごし、いやいやキスをすると美しい王子に戻るのだった。

キスシーンは最後のクライマックスなのですが、『プリンセスと魔法のキス』ではこのシーンが冒頭に登場します。

しかもカエルが王子さまになるのではなく、ティアナがカエルになってしまう逆転現象が起きます。

原作

『プリンセスと魔法のキス』は、おとぎ話が原作ではなく、2002年に出版された E.D.ベイカー著『カエルになったお姫さま』が原作です。

現在廃版になっています。

お姫さまが沼で一匹のカエルに出会う。悪い魔女を怒らせて、カエルに変えられた。
「ぼくにキスをしてくれませんか?」
キスをしたらお姫様までカエルに…
冒険が始まる。

作品のあらすじ より

ティアナは勤勉で、現実を見据えて生活をしています。

ですがあまりにきっちりしていて夢見ることを忘れてしまっています。そんなティアナがナヴィーン王子の生き方に出会い、夢を取り戻していきます。

ここには大きな挫折が関係しています。

作品における差別表現と合わせて考察していきます。

隠されている差別表現

ディズニー初の黒人プリンセスであるものの、直接的な差別が描かれることはありません。

ディズニー映画なので、ファミリーエンターテイメントが優先されています。

その代わりに登場しているのが、ワニのルイスです。

ルイス:巨大なワニ。トランペットが大得意で人間とジャズセッションをしたいが怖がられてしまう。お気楽で優しい。

伝説のトランペッター、ルイ・アームストロング( Louis Armstrong )がモデル。

ルイスはワニという外見から音楽に挑戦する機会さえ与えられません。これは黒人に対する差別をルイスに重ねることで表現しています。

レストランの権利

ティアナに対する差別は一見してわからないようになっています。

お金を貯めることができたティアナは白人の経営する不動産会社で物件を購入しようとします。

きっと不動産会社は「お金を貯めることができたら売る」と言ったのだと思いますが、「明後日までに全額支払えないなら、別の人に売る」と告げます。

ティアナに売る気はない、と同じ意味にも捉えることができます。

ここでティアナは乗り越えられない壁に直面します。

この直後にカエルになったナヴィーン王子と出会いキスをするのですが、ティアナの性格から考えるとなぜキスをしたのか、と矛盾を感じます。

ただし、「不動産屋とのやり取りに絶望した」と考えるとティアナの行動に合点がいきます。ティアナの糸が切れてしまったのではないかと……。

ティアナはここから人生を取り戻す旅を始めることになります。

最終的に物件を手に入れることができるのですが、このときもお金だけでは解決せず、ワニのルイスの脅迫と、ナヴィーン王子の人脈が助けになります。

厳しい現実です。

シャーロットとの関係

ティアナの正反対の人物として登場する金髪・白人・金持ちのシャーロット。

シャーロットは茶目っ気あふれ、奔放なキャラクターで毒気がありません。ですが、苦手に感じる人も多いんじゃないかと思います。

その理由はシャーロットとティアナの関係に違和感を覚えるからだと思います。

ティアナとシャーロットは日本で言う乳兄弟ちきょうだいのような関係に思います。

乳兄弟:血縁の兄弟ではないが、同じ人の乳で育てられた者同士の関係を示すことば。乳母の実の子供の場合、主従関係となる。

ティアナとシャーロットは一見友達のように見えるのですが、そこには主従関係が見て取れます。

冒頭のシーンでシャーロットがティアナに「ベニエ(お菓子)」を頼むシーンが出てきます。

『プリンセスと魔法のキス』にも登場するベニエ

このときシャーロットはドサッとお金を渡します。友達への行動にしてはかなり違和感があります。

ティアナの夢にそこまで興味がないんじゃないか、と思えてしまうのです。ですがこれはシャーロットが悪い、とかいう話ではなく、そういうものなのです。

お父さんの死

また、ティアナのお父さんは若いときに死んでいます。

サラッと語られるのですが、働き過ぎで死んだとしか考えられず、かつ死ぬくらいハードに働いていたことが薄っすらわかります。

深読みし過ぎだとは思いますが、ガンボスープを近所の人と楽しむシーン。パーティーというより炊き出しのように見えてしまいます。

このような描写がかなり細かく、しかもよくわからないように描かれています。

映画のレビューを見ていると「黒人プリンセスを売りにしている割に差別描写が薄い」。「差別がなかったかのように描いている」という意見もあります。

ディズニー映画として最大限の配慮をした描写になっていることに僕はスゴさを感じてしまいました。

ホタルのレイ

かなり特徴的な英語を話すのがホタルのレイです。

レイモンド(レイ):川辺に住むホタル。フランス人を祖先に持つケイジャンという人種。星を美しいメスのホタルだと思い込み恋に落ちる。

自分でケイジャンであることを語ります。

ケイジャン

カナダ東部のアカディア地方に入植したフランス人の直系です。しかし、イギリス人によってアカディアから追放され、最終的にルイジアナ州南部を中心に永住します。最初からルイジアナに入植していた同じフランス系のクレオール人と区別され、クレオールよりも貧しい暮らしを強いられる人が多くいました。白人でありながら教育を受けられない環境の人もかなりいました。

レイは歯がボロボロで少し下品に聞こえる英語を話します。

ホタルなので大家族なことに違和感がまったくないのですが、貧乏子だくさんが表現されています。

ママ・オーディと森の奥の魔女

呪いを解くために訪ねるのが、森の奥にいるブードゥー教のあまさんのママ・オーディーです。

ママ・オーディー:盲目の魔法使い。年齢は197歳。深い知識を持ちティアナたちを助ける。

中盤に登場する曲『 もう一度考えて( Dig a Little Deeper )』。

人間に戻りたいティアナとナヴィーン王子に「なぜ人間に戻りたいのか」問いかけます。

「人間の姿に戻ること」と「本当に必要なもの」。この違いを問いかけます。

真意が伝わらない 2人に向けてママ・オーディーが歌います。

見た目なんて関係ない( Don’t matter what you look like )
何を着ているかも関係ない( Don’t matter what you wear )
宝石を持っているかも関係ない( How many rings got on your finger )
そんなのどうだっていい!( We don’t care ! No we don’t care ! )

欧米の物語には森の奥に住む魔女がよく登場します。

森は恐ろしい場所で、社会から外れた人たちが追いやられた場所です。

例えば、宗教的に自殺が禁止されている地域では、家族と同じ墓地に入ることができないだけでなく、その地域にお墓をつくることができません。そのため、家族は森の奥深くにお墓を作ります。

不気味な空気が漂い、恐ろしい話が伝えられるようになります。

と同時に、森の奥には間違いなく生活をしている人たちがいます。

ママ・オーディーは人間社会から追いやられたと想像できます。とはいえ、ヴードゥー教の魔法使いでありながら、白い魔術を使います。追い出されたはずなのに、黒魔術に染まることはありません。

そんなママ・オーディーが教えることだからこそ真実味・説得力があります。

オマージュてんこ盛り

映画の始まりは、『ピノキオ』の「星に願いを」のアンチテーゼとなっています。

レイが死んだあとに星になる描写は『ピーターパン』の右から 2番目の星を思い出します。

ディズニーが作ってきた夢に対するメッセージをオマージュしながら、いくつも問い直していきます。

パロディ満載

作品内にはディズニーの歴史だけでなく、アメリカの歴史も散りばめられています。

アメリカの文化的な知識があるとさらに楽しめる作品です。

『欲望という名の電車』

「ステラーーーー!」

飼い犬のステラがパーティー会場で暴れたとき、ビッグ・ダディが叫びます。

これはテネシー・ウィリアムズが書いた『欲望という名の電車』の一節です。

マーロン・ブランドによる名シーンです。

このシーンは時々オマージュされています。『ザ・シンプソンズ』でもパロディがあったのを覚えています。

ニューオリンズといえば、という映画です。

600円ほど。

中だるみに見えるけどそうじゃない

途中、ティアナとナヴィーン王子が沼地で3人のおとぼけ家族に捕まってしまうシーンがあります。

この 3人は「三バカ大将」を彷彿とさせます。

3人の間抜けな男たちが笑いを巻き起こすコメディです。言語の壁を超え、世界中の人を楽しませたエンターテイメントです。このスタイルはその後も踏襲され、アメリカのコメディを語るうえで欠かせません。

このシーンは誰でも笑えるような「三バカ大将」スタイルになっているのですが、暴力性など少し時代と合わない描写があります。

そのため、中だるみを感じてしまうシーンにもなっています。

東京ディズニーランド

『プリンセスと魔法のキス』を見ていると東京ディズニーランドにいるような感覚になります。

というのも東京ディズニーランドにはニューオリンズをテーマにしたエリアがあります。それが「カリブの海賊」周辺にあるアドベンチャーランドの一部のエリアです。

アメリカのディズニーランドにも同じエリアがあり、「ニューオリンズ・スクエア」と呼ばれ 1つのテーマランドになっています。東京ディズニーランドと違い、「カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」がこのエリアにあります。

またミシシッピ川のシーンには、ウエスタンランドにある「マークトウェイン号」と同じ外輪船が登場します。

スプラッシュマウンテンは『プリンセスと魔法のキス』にリニューアルされるのか

東京ディズニーリゾートHP より

作中にウエスタン調の音楽も流れるので、ウエスタンランドを思い出します。

スプラッシュマウンテン

写真の後ろにあるスプラッシュマウンテン。『プリンセスと魔法のキス』に大きな関わりがあります。

オリジナルは『南部の唄』をテーマにしたアトラクションです。ですが、「黒人を理想化して描きすぎている」ということから、現在放送されなくなった作品です。

ディズニーランドにも波及し、アトラクションの内容が変更されることになります。

そこで採用されたのが『プリンセスと魔法のキス』で、アメリカでは 2024年にオープン予定です。

アトラクションでは映画のその後の世界が描かれます。

DVD

4,500円ほど。

長々書いてしまいましたが、以上です。

幼少期にディズニーに憧れ、大人になるにつれディズニーから離れた人にこそ見てほしい作品です。

kazu

今回は『プリンセスと魔法のキス』(2009年)についてでした。 ぜひぜひチェックしてみてください。
ありがとうございました。

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