jazz

ジャズダンスはどう発展していった?
いろいろなジャンルの音楽を吸収する?
ミュージカル映画が作品主義になる?

前回は1940年代の「モダンジャズダンス」を紹介しました。

記事を書いているのは…

元劇団四季、テーマパークダンサー。ジャズダンスを勉強中

kazu

今回は「1950年代のジャズダンスの歴史:モダンジャズダンスの進化」を紹介します。

※3分ほどで読み終わります。僕が習ったことや調べたことをもとに書いていることをご了承ください。

1950年代

1950年代のジャズダンスは1940年代後半の流れをそのまま受け継ぎます。

ジャズダンスの歴史(1940年代~1950年代のアメリカを中心に)

黒人文化を背景にするロックンロール、そしてヒスパニック系をルーツにするラテン音楽、多様な音楽がジャズダンスにどんどん取り入れられるようになります。

そして、テレビが家庭に普及していきます。多種多様な音楽が映画やテレビ番組でたくさん登場するようになりました。時代に敏感なジャズダンスが世界中の音楽をどんどん吸収していきます。

また、ニューヨークのブロードウェイ、そしてハリウッドのミュージカル映画が同時進行で発展していきます。

サミー・デイヴィスJr.

タップや黒人のジャズダンスの頂点となったのがサミー・デイヴィスJr.です。ラスベガスのショーやテレビ出演で有名となったエンターテイナーの1人で、日本を含め世界的に活躍しました。

フランク・シナトラに見いだされ、一緒に活動していました。フランク・シナトラ自身がイタリア系として人種差別を受けることも多かったため、周囲の反対を押し切りサミー・デイヴィスJr.を仲間にしました。

フランク・シナトラ

数々のヒット曲を持つ。ビング・クロスビー、エルヴィス・プレスリー、マイケル・ジャクソンと並び、20世紀アメリカを代表するエンターテイナー。イタリア系マフィアとの深いつながりがあったことでも有名

1954年、交通事故で左目を失明したり、人種差別などつらい目にもあっていました。差別を受けやすいユダヤ教徒とアフリカ系の混血だった。

ロックンロール

アフリカ系アメリカ人の音楽は当時「レイス・ミュージック」と呼ばれていました。 レイスは、race(人種)を意味します。ブルースやゴスペルなどの音楽が含まれていました。

1947年にビルボード誌のジェリー・ウェクスラーが、時代に合わないと「リズム・アンド・ブルース(R&B)」と名称を変更します。全米でR&Bの人気は高まっていきました。しかし差別志向の強い白人家庭は多くありました。

そのため白人たちが真似して演奏するR&Bが流行していきます。ですがやはり黒人の演奏とかけ離れていました。

そんなとき登場したのがエルヴィス・プレスリーです。

エルヴィス・プレスリー

ロックンロールは白人のカントリーミュージックと黒人のブルースの融合から、1954年ごろ北アメリカの黒人居住地域で生まれました。

R&Bの影響をかなり受けています。

そしてロックンロールを有名にしたのがエルヴィス・プレスリーです。

1957年に公開された大ヒット映画「監獄ロック」。ロックンロールがふんだんに入っています。プレスリーのセクシーな動きも特徴です。

1,000円ほど。

不良文化

ロックンロールはもともと黒人の間で使われていたスラングで「セックス」を示唆する言葉でした。その意味が変化し「楽しい時間を過ごす」「ダンスをする」となりました。

プレスリーの下半身の動きは卑猥とされ、テレビ番組によっては上半身しか映さないという対応もされました。

戦後アメリカでは、高校生たちの非行や、性生活も社会問題になっていました。ジェームズ・ディーンの「理由なき反抗」が公開され、プレスリーの音楽に熱狂する若者たち。

ロックンロールにハマる若者たちは、不良というレッテルを貼られます。黒人文化に染まっていく若者に危機感を高める大人たち。とはいえ、大人が反対するほど若者たちはロックンロールに熱狂していきます。

誰でも踊れるロックンロール

このロックンロールに合わせてダンスを踊るようになりました。

ひとりで踊ることもあれば、社交ダンスのように男女ペアで踊ることもあります。踊りのレベルもさまざまだったので、多くの人が踊れるようになりました。

このときハンドジャイブも登場します。ハンドジャイブは手を主体に踊るため、さらに多くの人が踊れるようになりました。下の動画がハンドジャイブです。

こうしてクラブに若者たちが戻ってくるきっかけとなりました。

このR&Bは1960年代に登場するモータウンへとつながっていきます。

多様な音楽

プレスリーが黒人を認めたように、世界中の文化がアメリカに取り入れられるようになります。

そしてミュージカル界にも転換点となる作品が登場します。

「ウエスト・サイド・ストーリー」

ウエスト・サイド・ストーリーの舞台版が1957年に初演されました。

こちらは1961年に公開された映画版の映像です。ラテンアメリカの音楽がふんだんに使われています。

ジャズダンスにおいて「ウエスト・サイド・ストーリー」はかなり重要な役割を果たしています。ミュージカル映画においてタップダンスは欠かせなかったのですが、「ウエスト・サイド・ストーリー」にタップは登場しません。

振付はジェローム・ロビンズです。ジャズダンスのみの振付という点は、かなり大きな意味を持っています。

絶対に見るべきミュージカル映画です。

MGMミュージカルの衰退

1950年代までMGMスタジオでは、フレッド・アステア、ジーン・ケリー、ジュディ・ガーランドといったスターを主役にオリジナルのミュージカル映画が作られていました。

「巴里のアメリカ人」「恋の手ほどき」「踊る大紐育」「錨を上げて」「雨に唄えば」「バンド・ワゴン」「オズの魔法使い」といった名作ミュージカル映画がたくさん登場します。

この時代、誰が主演するかによって脚本が作られていました。もちろん物語はありますが、どちらかというと観客がスターを楽しむために脚本が構成されていました。こうした作品を「スター主義」といいます。

スター主義から作品主義へ

1950年代になると徐々に変化が起こります。まずブロードウェイ・ミュージカルがストーリーに主軸をおきはじめます。とくにブロードウェイ・ミュージカルの場合、1年以上の長期公演(ロングラン公演)があります。ロングラン公演では主役のキャストが変わっていきます。そうなるとスターを見に行くというよりも、作品を観に行くということが重要になりました。こうした作品を「作品主義」といいます。

ミュージカル映画は莫大な予算がかかります。役者、音楽、セット、衣装、振付などなど大掛かりです。そのため失敗してしまうと大きな損失を抱えてしまいます。

ブロードウェイでヒットしたミュージカルを映画化することは、損失のリスクを少しでも回避することができます。こうして、ミュージカル映画はブロードウェイ・ミュージカルを映画化するという流れになっていきます。

フリースタイル

そしてフリースタイルという新たなジャンルも登場します。

マット・マトックス(matt mattox:1921-2013、ダンス教師・振付家)はバレエのエレガンスさをベースにしつつも、ジャズダンスの持つパワフルなエネルギーを融合させました。このスタイルをフリースタイルと呼びます。

トレーニング方法にも特徴があり「barre(バー)」と呼ばれ、現在もマット・マトックスのスタイルが継承されています。マット・マトックスの場合、振付作品よりもこのトレーニング方法が評価されています。

生徒には振付家のトワイラ・サープや、女優のバーブラ・ストライサンドといったミュージカル界に欠かせない人物がたくさんいます。1970年代にヨーロッパに行くまで、マトックスはニューヨークで教えていました。

現在もマット・マトックスのクラスではこの動画と同じエクササイズが続いています。

また、世界中で人気のあるレス・ミルズ・バーというエクササイズも元をたどるとマット・マトックスまで行き着きます。レス・ミルズ・バーはクラシックバレエの基本姿勢と足のポジションからヒントを得て、軽いウェイトを使った筋力トレーニングと有酸素運動を組み合わせたワークアウトです。

ダンサー体型を目指す筋トレ・体幹トレ

ダンス上達のために身体づくりは欠かせません。身体づくりの知識をつけ、効率的かつ自分独自のメニューを作っていきましょう。

ダンサーのような軽い身体、柔軟性、芯のある機能的な筋肉をつくる基本は、自体重トレーニング・体幹トレーニングです。ケガしづらく、自分の身体に合った筋肉がついていきます。

1,500円ほど。

オンラインレッスン

ルーティーンを持つためにプロに頼ることは、時短かつ効率的です。オンラインレッスンはコスパがよく、先生が一流で、内容も充実しています。

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ダンサー体型を目指すトレーニング情報をまとめていますので、ぜひご覧ください。

kazu

今回は「モダンジャズダンスの進化」についてでした。次回に続きます。
ありがとうございました。

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