ジャズダンスの歴史(1950年代)音楽の吸収と進化・ミュージカルの転換点
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ジャズダンスの発展の歴史は?
世界各国のダンスを吸収する?
ミュージカル映画の変化とは?

前回は、1940年代の「モダンジャズダンス」を紹介しました。

ジャズダンスの歴史(1940年代)モダンジャズダンス:バレエとの融合

記事を書いているのは……

元劇団四季、テーマパークダンサー。出演回数は5,000回以上。ダンス歴は20年以上ですが、まだまだジャズダンスを勉強中。

kazu

今回は「1950年代のジャズダンスの歴史:さまざまな音楽の吸収と進化・ミュージカルの転換点」についてです。

※ 3分ほどで読み終わります。僕が習ったことや調べたことをもとに書いていることをご了承ください。

1950年代

1950年代のジャズダンスは、1940年代後半の流れをそのまま受け継ぎます。

黒人文化を背景とするロックンロール、ヒスパニック系をルーツにするラテン音楽、多様な音楽がジャズダンスに吸収されていきます。

ジャズダンスの歴史(1940年代~1950年代のアメリカを中心に)

テレビが家庭に普及していきます。

多種多様な音楽が、テレビ番組で登場するようになりました。同時に、ニューヨークのブロードウェイのような舞台、そしてハリウッドのミュージカル映画業界でも様々な音楽が登場します。

時代に敏感なジャズダンスが世界中の音楽を取り込んでいきます。

テレビ番組

ルシル・ボール、デジ・アーナズ主演のシチュエーション・コメディ『アイ・ラブ・ルーシー』。

1951年にテレビ番組の放送がスタートし、形を変えながら 1974年まで続く大人気シリーズです。日本では、1957年から放送され、何度も再放送されています。

デジ・アナーズはキューバ出身で、ラテン音楽のクラブを経営する役どころで、歌や演奏がほぼ毎回入っています。

ロックンロール

アフリカ系アメリカ人の音楽は当時「レイス・ミュージック」と呼ばれていました。この音楽は、ブルースやゴスペルなどが含まれていました。

レイス:race(人種)

1947年にビルボード誌のジェリー・ウェクスラーが、時代に合わないと「リズム・アンド・ブルース( R&B )」と名称を変更します。

全米で R&B の人気が高まる中、差別志向の強い白人家庭に反発を受けます。

そのため、白人たちが解釈し、模倣して演奏する白人の R&B が流行していきます。やはり、黒人の演奏とどこか違うものでした。

そんなとき登場したのがエルヴィス・プレスリーです。

エルヴィス・プレスリー

ロックンロールは白人のカントリーミュージックと黒人のブルースの融合から、1954年頃に北アメリカの黒人居住地域で生まれました。

R&B の影響をかなり受けています。

ロックンロールを有名にしたのがエルヴィス・プレスリーです。

1957年に公開された大ヒット映画『監獄ロック』。ロックンロールがふんだんに入っています。

プレスリーのセクシーな動きも特徴です。

1,000円ほど。

3,500円ほど。プレスリーをテーマにした映画です。

不良文化

ロックンロールはもともと黒人の間で使われていたスラングで「セックス」を示唆する言葉でした。この意味が「楽しい時間を過ごす」「ダンスをする」と変化します。

プレスリーの下半身の動きは卑猥とされ、テレビ番組によっては「上半身しか映さない」という対応もありました。

戦後アメリカでは、高校生たちの非行や、性生活が社会問題になっていました。

ジェームズ・ディーンの『理由なき反抗』(1955年)が公開されたり、プレスリーの音楽に熱狂する若者たちが現れます。

ロックンロールにハマる若者は、不良というレッテルを貼られます。

黒人文化に染まっていく白人の若者に危機感を高める大人たち。とはいえ、大人が反対するほど若者たちはロックンロールに熱狂していきます。

誰でも踊れるロックンロール

このロックンロールに合わせてダンスを踊るようになりました。

ひとりで踊ることもあれば、社交ダンスのように男女ペアで踊ることもあります。踊りのレベルに合わせてさまざまダンスがあったので、多くの人が踊れるようになりました。

このときハンドジャイブが登場します。ハンドジャイブは手を主体に踊るため、さらに多くの人が踊れるようになりました。

クラブに若者たちが戻ってくるきっかけとなりました。

この R&B は1960年代に登場する モータウンへ とつながっていきます。

サミー・デイヴィス Jr.

黒人のジャズダンスの頂点にいたのが、サミー・デイヴィス Jr.( 1925年 – 1990年 )です。

ラスベガスのショーや、テレビで有名となったエンターテイナーの 1人で、世界的に活躍しました。

フランク・シナトラに見い出され、一緒に活動していました。フランク・シナトラ自身がイタリア系として人種差別を受けることも多かったため、周囲の反対を押し切りサミー・デイヴィスJr. を仲間にしました。

サミー・デイヴィスJr. は、差別を受けやすいユダヤ教徒とアフリカ系のミックスだったこともあり人種差別を受けていました。

フランク・シナトラ

数々のヒット曲を持つジャズを中心としたシンガー。ビング・クロスビー、エルヴィス・プレスリー、マイケル・ジャクソンと並び、20世紀アメリカを代表するエンターテイナー。イタリア系マフィアとの深いつながりがあったことでも有名。

1954年、交通事故で左目を失明した後も活躍します。

ミュージカル:新たな表現

ミュージカル界にも転換点となる作品が登場します。

『ウエスト・サイド・ストーリー』

『ウエスト・サイド・ストーリー』の舞台版が、1957年に初演されました。

こちらは 1961年 に公開された映画版の映像です。ラテンアメリカの音楽がふんだんに使われています。

ジャズダンスにおいて『ウエスト・サイド・ストーリー』はかなり重要な役割を果たしています。

ミュージカル映画においてタップダンスは欠かせなかったのですが、『ウエスト・サイド・ストーリー』にタップは登場しません。

ジャズダンスのみの振付という点は、かなり大きな意味を持っています。

振付はジェローム・ロビンズです。

最大の特徴は「現実世界」を描いたことです。

MGMスタジオ の制作するミュージカル映画は、夢のように楽しい世界が描かれていました。

それに対し、『ウエスト・サイド・ストーリー』は人種問題などの社会問題を真っ向から描きます

2,500円ほど。

絶対に見るべきミュージカル映画です。

映画「ウエスト・サイド物語」(1961年版)あらすじ・解説。舞台版との違い

MGMミュージカルの衰退

1950年代まで MGMスタジオ では、フレッド・アステア、ジーン・ケリー、ジュディ・ガーランドといったスターを主役にオリジナルのミュージカル映画を作っていました。

『巴里のアメリカ人』『恋の手ほどき』『踊る大紐育』『錨を上げて』『雨に唄えば』『バンド・ワゴン』『オズの魔法使い』といった名作ミュージカル映画がたくさん登場します。

この時代、誰が主演するかによって脚本が作られていました。

もちろん物語はありますが、どちらかというとスターを楽しむために脚本が構成されていました。

こうした作品を「スター主義」といいます。

スター主義から作品主義へ

1950年代になると徐々に変化が起こります。まずブロードウェイ・ミュージカルがストーリーに主軸を置きはじめます。

とくにブロードウェイ・ミュージカルの場合、1年以上の長期公演(ロングラン公演)があります。ロングラン公演では主役のキャストが変わっていきます。

そうなるとスターを見に行くというよりも、作品を観に行くということに重点が置かれます。

こうした作品を「作品主義」といいます。

ミュージカル映画は莫大な予算がかかります。役者、音楽、セット、衣装、振付などなど大掛かりです。そのため失敗してしまうと大きな損失を抱えてしまいます。

ブロードウェイでヒットしたミュージカルを映画化することは、損失のリスクを少しでも回避することができます。

こうして、ミュージカル映画はブロードウェイ・ミュージカルを映画化するという流れになっていきます。

映画界もスター主義でありつつ、作品主義の考えも入っていくようになります。

フリースタイル

フリースタイルという新たなジャンルも登場します。

マット・マトックス( matt mattox:1921-2013、ダンス教師・振付家)はバレエのエレガンスさをベースにしつつも、ジャズダンスの持つパワフルなエネルギーを融合させました。

このスタイルをフリースタイルと呼びます。

トレーニング方法にも特徴があり「barre(バー)」と呼ばれ、現在もマット・マトックスのスタイルが継承されています。

マット・マトックスの場合、振付作品よりもこのトレーニング方法が評価されています。

生徒には振付家のトワイラ・サープや、女優のバーブラ・ストライサンドといったミュージカル界に欠かせない人物がたくさんいます。

マトックスはニューヨークを中心に教え、1970年代にヨーロッパに移住しました。

現在もマット・マトックスのクラスではこの動画と同じエクササイズが続いています。

また、世界中で人気のある「レス・ミルズ・バー」というエクササイズ。元をたどるとマット・マトックスまで行き着きます。

レス・ミルズ・バーはクラシックバレエの基本姿勢と足のポジションからヒントを得て、軽いウェイトを使った筋力トレーニングと有酸素運動を組み合わせたワークアウトです。

ダンサー体型を目指す筋トレ・体幹トレ

ダンサーのような軽い身体、柔軟性、芯のある機能的な筋肉をつくる基本は、自体重トレーニング・体幹トレーニングです。ケガしづらく、自分の身体に合った筋肉がついていきます。

自体重トレーニングは、継続しやすいプリズナートレーニングがオススメです。

2,200円ほど。

オンラインレッスン

ルーティーンを作るためにプロを利用するのもオススメです。オンラインレッスンはコスパがかなりよく、一流の先生かつ、内容のクオリティが高いです。

業界大手のヨガスタジオ「LAVA」は月2,000円ほどでほぼ受け放題です。ヨガ・ピラティスでけでなくトレーニング・筋トレ・ストレッチなどヨガ以外のフィットネス動画も豊富です。

筋トレ・ストレッチ・ヨガ・ピラティスなどなど膨大なアーカイブを月3,000円ほどでほぼ受け放題できる「SOELU」。

身体づくりの知識をつけ、効率的かつ自分独自のメニューを作っていきましょう。

kazu

今回は「モダンジャズダンスの進化」についてでした。次回に続きます。
ありがとうございました。

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ダンサー体型を目指すトレーニング情報をまとめていますので、ぜひご覧ください。